はやべん〜9組〜


「あれえ? 田島そのおにぎりどうしたんだ?」
 休み時間に、にっこりと幸せそうな笑顔でおにぎりに齧り付いている田島を泉は見つけた。
 彼は確かついさっきの授業中、教科書を盾にして弁当を平らげていたはずである。泉に気がついた浜田が、田島の横で何ともいえない呆れた表情を見せた。
「沖にもらった!」
「はあ」
「貰ったんじゃなくて強奪したんだろ!」
「はあ!?」
「しってねえよ! くれるって言うからもらったんだ!!」
「はああ?」
「沖が可哀想だったぜ……」
「全く話が見えないんですけども?」
 二人のやり取りに適当に相槌を打って聞いていた泉だが、あまりの話の噛み合わなさ加減に腕を組んだまま首を捻った。
 とりあえず沖が絡んでいるらしいことだけは分かる。
「巣山に教科書を返しに行ったのよ。あ、こいつがね?」
 浜田は軽くため息をついて説明を始めた。
「そしたらその帰りに3組の前通ってさ」
「そりゃ通るだろ」
「ちょうど沖が西広におにぎり渡してるとこ、こいつが見ちゃってさあ」
 そこまでの説明を聞いて、泉はふっと合点がいった。
「ああ、ずりいだのなんだの騒いだんだな?」
「そうそう、そうなんだよ。こいつもでっけー声で言うからさあ、沖が慌てちゃって……」
 なんとなく想像がつく。恐らく、あまりにもでかい声で言うものだから、沖は一人申し訳ない気分になって田島におにぎりを譲ってくれたのだろう。
 傍から見れば、我がままを言って貰ったようにも見られかねないが、彼のこと、優しい沖が譲ってくれたと思っているに違いない。
 まったく幸せな思考回路をしている。そんな田島を、三橋がちょっぴり羨ましそうに見ていた。
「たじま、くん、おにぎりいいな……」
「3組行ったら沖がくれるかもしんねーぞ」
「うおっ」
「いや行くなよ!」
 くるっと教室の入口に向きを変えた三橋の襟首を、浜田がしっかりと掴み取る。
 その様子を見て、今度は泉がため息をつく。
「田島、それ、沖の弁当の分だったんじゃねえ? ちゃんとお礼言ったのか?」
「言ったよ、さんきゅなって。……って、これってもしかしなくても沖の弁当!?」
「んなの知るかよ! だけどもしかしたら、お前を可哀想に思って恵んでくれたのかもしんねえじゃん?」
「やべえ、食っちゃった!」
「おせえんだよバカ」
 すると、何を思ったのか、田島は人差し指を掲げて勢い良く立ち上がった。
「よしっ! 三橋、昼休購買行くぞ!」
「う、うんっ?」
「沖は何パンが好きなんだろうな?」
 突然話題を振られて挙動不審になりつつも、質問に答えなければと足りない思考で必死に考える。
 不意に三橋の脳裏に先週購買で見た、とあるパンを手にする沖の姿が蘇った。
「オレっ、この間、沖君がた、たまごパン買ってるの、みた!」
「おおっ! じゃあゲンミツにそれに決定! 三橋すげえな」
「うひっ」
 褒められたことの嬉しさから、三橋はいつもの締りのない表情を見せ、田島と共に「たまごパン」コールを始めた。
 その異様な光景に、他のクラスメイトは痛々しい視線を送っている。
「なんで三橋まで巻き込まれてんだ?」
「俺が知るかよ」
 こうして西浦高校1年9組の休み時間は、今日も平和に過ぎて行くのである。


次は1組



2009.10


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