|
赤外線通信7 「だけど、ちょっとびっくり」 星が雲で覆われている暗い夜空の下をのんびりと歩きながら、人気がないことを良いことに、阿部と沖は指先を絡ませていた。 気持ちのすれ違いが続いたせいなのか、触れ合うことすら酷く久しぶりに思える。 もっともっと歩み寄って抱きしめてしまいたいと思うほど、お互いの熱を必要としていた。 「何が?」 「もっと責められるかと思ってたよ」 「またそれか、何度目だよ。そんなに怒って欲しいならいつでも怒鳴ってやっけど」 「うん、今はちょっと怒鳴って欲しい気分……」 沖が素直に気持ちを吐露すると、予想外の答えに驚いたのか阿部は、すっと絡ませていた手を引いた。 不意に離れる熱を沖は無意識で縋り、今度はしっかりと繋ぎ直す。 「お前結構Mなのな」 「うん、そうかもしれない」 「……縛って良い?」 「それはやだ!」 人気がないとはいえ、二人が今歩いている場所は住宅街の真ん中である。 聞かれたら関係を訝しがられる会話を、声のトーンを落として続けた。 珍しく沖がその手の話を嫌がらずに受け答えするのは、きっと今回限りだと阿部は理解している。 少し勿体無い気もするが仕方がない。 「一つ聞きたいことがあったんだけど」 「なに?」 「お前、うちのクラス来た時、オレのこと名前で呼ぼうとしただろ?」 今度は沖が繋いでいた手をすっと離す番で、それを逃さず捕まえるのが阿部の番だった。 気まずそうに目線を逸らして逃げようとする様子を見ると、おそらく図星である。 今回の一件が解決するにあたり、どうしても一つだけ確かめておきたいことがあって、彼が先週7組に来た際に言いかけた言葉の真相だった。 ――たか……。 確かに彼は自分に向かってそう言いかけたのだ。 「逃げても無駄」 「……その、笑わない?」 はぐらかされても絶対に聞き出してやるという強い決意があったが、やはり今日の沖はどこか素直で、正直に話すつもりのようだ。 無論、笑うつもりなど初めからないけれど、理由如何によってはニヤけてしまう自信はあった。 「その……ね、最初は連絡網を使って聞こうと思ってて」 「うん?」 「家に電話するだろ? そしたら親が出るだろ? そん時に"阿部くんいますか"じゃ、おかしいだろ?」 「……」 「普段名前なんて呼びなれないしさ、間違っても嫌だから、その……練習を……」 名前の練習をし過ぎて、思わず本人を目の前にして口にした。 そのどうしようないくらい可愛い理由に、阿部は頭を抱えて座り込んでしまった。 「も、もうっ、笑わないでよ!」 「笑ってねえよ……」 「やだもう恥ずかしい」 「あーあ、勿体無かったな」 確かに噴出してはいないが、自分の予想通りにニヤついた顔はそう簡単には戻せそうにない。 ゆっくりと立ち上がると、阿部は一つふいっと息を吐く。 沖がニヤけた顔を見て拗ねてしまわないうちに、この真相を聞きだしたからには是が非にでもクリアしなければならない課題があるのだ。 「一度だけで良いんだ。せっかく練習したんだし、オレのこと名前で呼んでみてよ」 「……はあ!?」 「別に今だけで良いって言ってるじゃん。練習の成果見せてみろって」 「やだそんな成果……」 案の定、彼は面白くなさそうな表情で、ズボンの裾をぎゅっと握った。 「……一利くん、オレのこと名前で呼んでみて」 出来るだけ優しく、びくつかせないようにそっと言葉をかける。 下の名前を呼ばれたことで、沖は一瞬肩を震わせて裾を握る手に力を込めたが、程なく観念したかのようにちらりと目の前の相手の顔を見やった。 「……た、たかや……くん」 言い終わるか終わらないかのうちに、沖は阿部に抱きすくめられていた。 「ちょ、ちょっとここ外だよ!?」 焦った声がそれから逃げようともがくが、阿部はそれを許さずに更に腕に力を込めて、自分とあまり背丈の変わらない彼を抱きしめた。 「好きだよ、一利くん」 「や、もう、なに言ってんの!?」 「だから今だけだって」 突然の行動に非難の声を浴びせる沖だが、もがいたのは最初だけで、結局はおとなしく腕の中に納まっている。 こんな、少女マンガみたいな行動も言動も、きっと今だけだ。 この先またこういった場面があるのかもしれないが、阿部は自分でも当分ないだろうなと、今はらしくもなく素直な心の内を言葉にしていた。 「オレも好きだよ、隆也くん」 静かにそう言うと、沖はそっと阿部の背中に手を回す。 「もうアドレス消すなよ」 「気を付ける……けど、もし間違って消したら?」 「二度目はぶっ飛ばすかも」 「うわ絶対嫌だ」 街灯の明かりだけが暗闇に浮かぶ中、二人はお互いを抱きしめる腕に更に更に力を込めた。 だらだらと続けた割りには支離滅裂な話でした。 沖に隆也くんと言わせたくてそれだけで始めたので、もっと筋道立てれば良かった。 お付き合い頂き、ありがとうございました。 2010.4 |