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赤外線通信5 「ちょっと話が……あるんだけど、良い?」 練習帰りのいつものコンビニで、沖がおずおずと近づいてきた。 朝のあの爽やかさとは打って変わって、また少し前のような何かぐるぐるとしているようなそんな感じで、こちらに目線を合わせようとはしない。 さっさと買い物を済ませて出てきた阿部と沖以外はまだ店の中にいた。それどころか、沖は店の中に入った形跡すらない。 話をするために、自分を待っていたのだ。阿部は直感的にそう思った。 「……何?」 「うん、あの……ね」 「あ、おきい! お前ピザまんとチョコまんどっちが良い?」 沖が言いづらそうに口を開いた時、店の入口から能天気な声が聞こえてきて、ただでさえ消え入りそうな声を掻き消してしまう。 二人同時に振り返ると、入口から茶色いふわふわ頭がにへらとこちらを見ている。 その締りのない平和ボケしたような表情を見ると、昼間よりかは幾分落ち着いていたイライラがぶり返す。 「両方食っとけこのクソレ!」 「ちょっとー、阿部には聞いてないよ!」 「うるせえなあ、いま沖と話してんだよ。邪魔すんじゃねえよ!」 「え、ちょっと、そこまで言わなくても……」 「ああ!?」 半分申し訳なさそうに、半分咎めるように制する声に思わず声を荒げて振り返ってから、阿部はしまったと思った。 案の定、沖は目線を極力合わせないように下を向いてしまっていた。こうなったら、しばらくはこちらを向いてもらえない。 違和感のある様子に水谷は入口を出てこちらを見ている。 「……なに、今度は沖に八つ当たりしてんの?」 「はあ?」 「なにイライラしてんだが知らないけどさあ、手当たりしだいあたんのやめろよなあ」 おそらく水谷が言いたいのは昼間の件だ。 色々とぐるぐるしてしまう思考にイラついて、原因はもう覚えてはいないが、ほんの些細なことで水谷に八つ当たりをしてしまったのだ。 すぐに花井に咎められたが、もちろん腹の虫が収まるはずもなく、ことある毎に冷たい態度をとった。 でもそれは、いつもの日常の一つでもあったから、今みたいに水谷が遠まわしに非難の言葉を口にするのは珍しいことだ。 沖を気にかける水谷を見て、そういえばこの二人は仲が良かったなとぼんやりと思う。 「別に当たってねえけど」 「ほんとに〜?」 訝しげにこちらを見る表情にイライラが加速しそうになるのをぐっと堪える。 せっかく沖が話をするために自分を待っていてくれたのに、ここで邪魔をされてはその時間もなくなってしまう。 「ああ、マジマジ。それよかお前、さっさと買わねえとなくなっちゃうんじゃねえの?」 「え、ああ!」 適当に返事を返して話題を逸らすと、偶然にもカウンターに置かれた中華まんが残り一つになっているのを指差す。 阿部の指につられて視線を動かした水谷は、それを見るや否や慌てて店の中へ駆け込んだ。 その様子を見ながら周りを確認すると、阿部は沖の腕を掴んで死角になるコンビニの裏手に回った。 腕を掴んで連れ出したことで抵抗されるんじゃないかとも思ったが、意外にも素直に手を引かれてついてくる。一応は、聞いて欲しいという意思があるととっても良いのだろうか。 「で、話って何?」 立ち止まって向き直ると、単刀直入に質問を口にする。 その言葉を聞いて沖は軽く肩を震わせると、目線を左右に泳がせた。 「……あのさ、言うんならさっさと言えよ。オレは気が短いの良く知ってんだろ」 「う……」 「もしかしなくってもさ、お前の話って最近なんかおかしかったこと?」 「えっ」 いつまでたっても自分の方へ真っ直ぐ向かない相手にイラつきながら、阿部がそう言うと図星だったのか、反射的にでもようやくこちらを見据えてきた。 「別に突っ込んでは聞かなかったけど、いつまでたっても話してくんねえから、オレには言えねえことなんだと思ってた」 「……」 「だけど、やっと話す気になったかと思えば言わねえし。だったら、別に無理して聞くこともないよな」 「あの」 「言う気がないなら呼び止めんな、余計な手間取らすんじゃねえよ!!」 言葉を紡いでいくうちにまたぶつけどころのない思いが沸々と沸き上がり、思わず怒鳴ってしまったことで、沖はびくついてまた目線を逸らしてしまう。 またやってしまった。ハッとして水谷の忠告を思い出すが後の祭りで、二人の間に残ったのは隔たり以外のないものでもないように感じられた。 「二人して何やってんの? ケンカ?」 不意に暗闇から第三者の声が聞こえて振り返ると、先ほどの阿部の大声に気づいたらしく、栄口が怪訝な顔つきでこちらを見ていた。 手を握り締めて感情を爆発させんばかりの阿部と、下を向いて肩を震わせている沖の、この二人の状況はおおよそケンカをしているようには見えないだろう。 ただ話があって、それを聞くだけのことだったのに何故このようなことになってしまったのか。 沖のとろくさい性格にも問題はあるとは思うが、自分の短絡的な性格にも嫌気が差した。 「……別に」 「だって何か怒鳴り声聞こえたよ?」 「ただの意見の食い違い。頭冷やす、じゃないとまた話が拗れそうだ」 「ちょっと、阿部!?」 咎めるような声が自分を呼び止めるが、なにも気にせずその場を後にする。 去り際にちらりと見た沖の表情は、暗闇に紛れて良く分からなかった。 水と油の性格は、ちょっとのことでもすれ違って分かり合えないのが出せてれば……。 2010.3 |