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赤外線通信3 どこか沖の様子がおかしい。 相手の気持ちに対して鈍感な阿部が気付いたのだから、いつも一緒にいる西広はとっくに気付いてんだろうなと、自分のクラスの奴と委員会だかなんだかの話をしている彼をチラッと盗み見る。 だが、話ついでに時々隣にいる沖に話題を振っているが、特に何かを気にする様子は全くない。 いつもなら、付き添いで来ただけだってこちらに声をかけ軽く手を振ったりとか、なにかしら挨拶してくるのに今日はそれがないのだ。 さっきまで朝練で一緒だったからと言われればそれまでなのだが、自分の気にし過ぎなのだろうか。 そう考えて、思わず阿部はため息を吐いた。 「なんかお前がため息とか、やな予感しかしねえ」 背後から気持ち悪そうに話しかける花井の声に、少しムッとしながら振り向く。 「うるせえな、どういう意味だよ?」 「いやあ、なんつーか、お前ってため息つく前に言葉に出そうなんだもんよ」 「オレお前の中でどんなキャラなんだよ」 でもそれも一理あるなあと思ってしまったことには気がつかない振りをした。 ふと廊下を見れば、話は終わったのか相手に向かって西広は手を振っている。そしてそのまま阿部が見ていることに気付いて、こちらに目線を移すと軽く手を上げた。 同じように阿部が手を上げると、西広は沖を連れ立って教室の入口までやってきた。 特に話す用もなかったのだが、阿部は花井と共に入口まで移動する。 「どうしたの?」 「え?」 近くまで来た時、西広からそう尋ねられ、思わず花井と目を合わせてしまう。 「や、だってさっきからこっち見てたでしょ?」 確かに見てはいた。見てはいたのだが、それは沖のいつもと違った様子が気になったからで、さらにチラチラと盗み見する程度にしか見ていなかったのに、西広は気付いていたらしい。 恐ろしい奴だ。 「ああ、朝っぱらからどうしたのかと思って」 「なんだ」 「おまえら、なかなこっち来ないもんな」 「用あるときは1組の方が近いからねえ」 「良いよなあ、俺ら9組のが近いとかそれってどうなの」 「特に頼ることもねえから良いんじゃね?」 「いやいやその逆だろ、むしろ困るのは!」 クラスを交換して欲しいよと嘆く花井はとりあえず放っておいて、阿部は先ほどから一言も会話に入ってこない沖を見た。 どこか目線を合わせないようにしている様で、やはり、自分の考えは間違ってはいないのかもと思う。 「沖」 「ん、なに? たか」 「えっ?」 「阿部、なに?」 試しに名前を呼んで返事は返ってきたのだが、阿部はその言葉にどこか違和感を覚えた。 しかも目が泳いでいる。 「沖、どうかした?」 少し挙動不審になった沖に気付いた花井が横から割り込んでくる。 何か話さなければと思っていた阿部は、それに対して文句を言おうと口を開くが、それより先に西広が思い出したように声をあげた。 「あっ、沖そろそろ戻って課題やんなきゃ」 「……あ、やべ」 「課題?」 「昨日オーラルの課題やるの忘れちゃって」 「しかも今日確実に指名回ってくんだよなあ」 「マジか、じゃあ戻った方が良いな」 「ん、またな」 いそいそと二人並んで教室へ戻っていく後姿を阿部は見つめていたが、花井に方を叩かれてハッと我に返った。 ため息といい今のぼうっとした姿といい、いつもと違うチームメイトの様子に訝しげな視線を送っている。 「なんか、沖ちょっとおかしくね?」 「はあ?」 「心ここにあらずな感じ」 「課題忘れたからだろ。それよか、オレにはお前の方がよっぽどおかしく見えるんだけど」 「は?」 「ちっと寝不足なんじゃねえ? しょっぱな数学でシガポなんだから居眠りしねえようにしろよ?」 「んだよ、うるっせえな」 言うことだけ言うと、花井はさっさと席へ戻ってしまった。 入口へ残された阿部はもう一度、二人が去った方向を見るが姿は既になく、授業開始が間近な事もあって廊下には生徒が疎らに歩いているだけだった。 西広も花井も、さして気にしているようではなかったということは、本当に分かっていないのだろう。 あの時沖は、一瞬おかしなことを口走った。 (あいつ、オレの名前呼ぼうとしなかったか?) すぐに言い直されてしまったが、聞き間違いではない。 普段他の奴らが真っ先に気付くような些細な変化に自分が気付いてしまったこと、これがその原因に自分が少なからず絡んでいるということに、このとき阿部はまだ気付くことはなかった。 机の上に教科書とノートを広げながら、つい先ほどの自分の口走ってしまったことに沖は後悔していた。 ここ数日連絡網と携帯を手にして、無意味に電話をかける練習をしていたのだが、それが裏目に出てしまったのだ。 阿部の名前を呼んで一人悶えているだけなら良かった。あの時突然話しかけられて、まさかつい口走ってしまっうとは思わなかった。 途中ですぐに気付いて言い直したけれど、阿部の瞳が揺れたような気がする。 西広に選択肢を与えられた時、何故一緒についていく方を選んでしまったのか、今更自分を責めても仕方がないのは分かっている。 (どうか気付いていませんように気付いていませんように……!) シャーペンを握り締めながら、担当教科の教師が来るまでのわずかな間、沖は必死に祈った。 なんだか深刻・カオスになってきてしまいました。 うっすらとオチが見えている気がしますが、うん。 2009.12 |