赤外線通信2



「やべっ……!」
「どうしたの?」
 思わず漏らした呟きを、クラスメートの西広は聞き逃さずに拾い上げる。
 朝練が終わって教室に戻る道すがら、今日の時間割を確認している途中で、突然沖はあることを思い出して立ち止まっていた。
「オーラルの課題やってくんの忘れた!」
「ええ?」
「やべえ、何時間目だっけ?」
 そう隣りの西広に確認をしながら、その場にしゃがみこんで荷物を漁り始めた。
 必要なものは置き勉をせず持ち帰るようにしているので、もちろんオーラルの教科書とノートは入っている。
 もし何かの弾みで家に忘れてきていたとしたら非常にまずい。
 沖は、ノートをぱらぱらとめくって間に課題のプリントが挟まっているのを確認すると、ホッと一つため息をついた。
「はあ、良かった……じゃないんだけど」
 こんなことは久しぶりだ。
 入学してまだすぐの頃、別の教科で課題が出たときに解き忘れたことがあった。
 別に提出をするだけだから大丈夫だろうと、呑気に構えていたら先生に答えを発表するよう指名され、非常に気まずい思いをしたことがある。
 それ以来なるべく早めに片付けるようにしていたのに、何故忘れてしまったのか。
 しかも、プリントは一度もノートから取り出された形跡すらないのだ。
「授業は3時間目だけど……」
「今日の指名順ってさ……」
「うん、出席最初に戻るから確実に回ってくるだろうね」
「ああもう。まあでも良いや、休み時間になんとか終わらすよ」
 開いていたノートをパタンと閉じてバッグにしまうと、沖はうなだれながら立ち上がる。
 1時間目でないことがせめてもの救いだ。課題の内容は穴埋め式の問題が数個あるだけだから、休み時間を使えばそう時間はかからずに終わるだろう。
「……めずらしいな。沖、ノートだってバッグから出してすらいないでしょ?」
 さすがに西広もそこには気付いたようで、心配そうに目線を合わせてきた。
 だが、自分を心配してくれている表情を直視出来ず、それとなく荷物を直すふりをしながら視線を外す。
「うーん、疲れてたのかな? なんか、いつも風呂入ってからやるんだけど、昨日は眠くて忘れちゃったんだよね」
 嘘だった。
 理由は自分でも良く分かっている。阿部の番号を消してしまったことをまだ引きずっているのだ。
 色々ぐるぐると考え過ぎて他のことにまで思考が届かなくなり、課題のことも西広と時間割の確認をするまですっかり忘れてしまっていた。
 だがこんなこと、正直になんて言えやしない。
「見る?」
「え?」
「オレのプリント」
「ええ? 良いよ大丈夫だよ!」
「だけどさ」
「だってテストに出そうじゃん? 自分でやんなきゃ覚えらんないし、なんとかやるよ」
「まあ、大丈夫なら良いけど」
 そういうと、西広は眉をちょっとだけ上げて軽くため息をついた。
 本当は喉から手が出るほど答えを写させて欲しかったのだが、忘れた理由があまりにも馬鹿馬鹿しくてそんなこと申し訳なくて無理だった。
「あ、そうだ、ちょっと7組に寄ってっても良い?」
 なんとか話題を別の方向へ切り替えようと模索していた時、西広が思い出したように方向を変えた。
「?」
「委員会の奴に渡すものがあるんだ」
「うん、え、7組!?」
 うまく流れが変わったのまでは良いが、相手の目的の場所を再度頭の中で反芻して思わず荷物を落としそうになる。
 まさか課題を忘れてしまった原因の一つがいる場所に向かうことになろうとは。そんなに慌てなくても、ついさっきまで一緒に練習をしていたのに、不意を突かれたことで動揺してしまう。
 部活中はくだらない悩みなどうだうだ考えている余裕などないのであまり気にならなかったが、他に考える暇がないくらい集中するものがない今、面と向かったらきっとどうしたら良いか分からなくなってしまうに決まっている。
 それ以前に、あまりにも考え過ぎて、沖は何故こんなに7組へ行くことに動揺しているのか、良く分からなくなっていた。
 別に携帯のことを話すわけでもないし、西広の付き添いで行くわけだし、別に阿部に会いに行くわけでもないのだ。
「でも課題やっちゃうなら先に戻ってても良いよ」
 そんな沖の心の葛藤を知ってかしらずか、西広は一緒に行くのか先に戻るのか、二つの選択肢を与えた。



 元の問題は大したことではないのに、考え過ぎたことで勝手に大きくしてしまった状態です。
 淡々と過ぎていく日常を目指したいです。


2009.12
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