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赤外線通信 携帯と部活の連絡網を握り締め、自室のベッドの上に腰掛けたまま、沖はただひたすら冷や汗を流し続けていた。 どれくらい経つのか、風呂に入ってぽかぽかしていた身体は既に冷え切っており、このままじゃ風邪引いちゃうよ!と、脳が危険信号を発している。 それでも動けずにいるのは、目の前の問題を解決する糸口が見つからないためであった。 いや、正確には見えているのに掴む勇気がないのだ。 「やっぱ無理!」 たまらず後ろへごろんと寝転がって携帯を布団の上へ手放した。 このまま眠ってしまおうか。 そう考えて、いややっぱダメだと、頭を振る。こんなに悩んで結局は布団に潜ってしまう日が、実を言うと数日続いているのだ。 さすがにどうにかこうにか問題をクリアしなければならない。 別に難しいことなど何もなく、答えは驚くほど簡単でそれは分かっているのに、沖は今日何回目かのため息をついた。 「どう電話すんの? なんて言えば良いのさ、もう、わっかんあいよ!」 沖は、阿部の携帯番号及びメールアドレスを全消ししてしまうという、今世紀最大のピンチに陥っていた。 事の始まりは、休み時間にクラスの友人が携帯を手に入れたというので、アドレスを交換しようという流れになった時だった。 高校生になってから携帯を持つことを許された沖は、未だに高度な機能を使いこなせてはおらず、また別の友人から聞いた便利な赤外線機能とやらを試していた。 これを使えばいちいち番号を手で入力することもないというので、それならばと早速使い方を教えてもらう。 「で、これを選んで……」 「う、うん」 「じゃあ、送るよ」 「おう!」 なるほど便利なもので、携帯番号・メールアドレス・名前までが一挙に送られてくる。 「おお!」 感動のあまり、沖は携帯を高々と掲げてしまったくらいだ。 それを見た西広がくすくすと笑っているところまでは気付かなかったが。 「そしたらこれを登録すれば良いんだな?」 「簡単だろ〜?」 データさえ貰ってしまえば、登録するのは簡単だ。 手馴れた手つきで登録画面を開き、分かりやすいようにグループ分けを……。 「ああ、間違えた」 「どした?」 「グループ分け間違えた」 「マジか」 「ちょっと直す」 大した人数は登録してはいないが、ある程度分かりやすいように、家族・友達・部活などに振り分けているのだ。 最初は何事かと手元を覗き込んできた友人も、原因を知ると、良くあるよなあと笑いながら、自分の携帯に目線を戻している。 その横で、沖は再度アドレス帳を開き、間違えた場所を直そうと編集画面を開いた。 はずだったのだが―。 「わっ!?」 「うお、なに?」 自分の携帯を弄っていた友人が再び沖の携帯を覗き込んできた。 削除しました―。 そこにはそう表示がされている。 「なんだよ、消しちゃったの?」 「わりい、せっかく送ってくれたのに」 「良いよ、また送るし」 「ごめんな……って、あれ?」 また赤外線通信を開いてくれている友人に一言謝ると、沖はデータを貰うためにアドレス帳を一旦閉じようとした。 だがなにか違和感がある。 消してしまったと思った友人の名がしっかり表示されているのである。 「?」 では今消してしまったのはなんだったのか、沖はカチカチとデータを確認し始め、そこでやっと重大な事実に気がついてしまった。 「わあああ!?」 阿部の名前がどこにもなかったのである。 編集するつもりでいたのだが、いつもの手馴れた感覚があだとなり、ろくに確認もせずに弄ってしまったため、間違えて消してしまったらしい。 今度こそ沖は本気で青ざめた。 すぐそばにいた西広に教えてもらえば良かったのかもしれない。 もちろん彼は口が堅いし信用しているので、変な心配などしなくても良いのに、沖はどうしても聞くことが出来なかったのだ。 「別に、オレと阿部がどうのなんて……知らないと思うけど」 変に後ろめたい気持ちがそうさせてしまったのだろう。 そんなわけで直接本人に聞くより他になく、だからと言って面と向かって聞く勇気もないので、自宅の電話番号が書かれた連絡網を持ち出して、携帯電話とのにらめっこを続けているのだった。 電話をかければ確実に家族が出るのだろう。何と言えば良いのか、小さく呟いてみる。 「もしもし、西浦高校野球部の沖と申しますが、隆也くんいますか?」 沖は横になったベッドの上でごろごろと身悶えた。 「ムリ! ムリムリムリ! 絶対ムリ!」 いくら家族が相手とはいえ、阿部のことを隆也くんと呼ぶのは、沖にとって非常に恥ずかしい行為だった。 「もう、どうしたら……」 沖の呟きと共に、今日も夜が更けていく。 短い続き物ですが、着地点が分かりません。 お付き合い頂けたらと思います。 2009.11 |