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君と創る未来6 人混みに押されるようにして改札を抜け出ると、会場へ向かう人の群れが更に自分をその流れの中へ連れ去ろうとして、慌てて身を捩って空いたスペースへと逃げ込む。 自分一人で来たのなら構わないが、待ち合わせをしている以上勝手な行動は出来ない。 沖は時計代わりの携帯画面を開くと、予定の時間よりだいぶ早く着いてしまったことに小さく舌打ちをした。 この時期、花火大会など頻繁に行われているのだから何もこんなに集中しなくてもとは思うのだが、早い時期に開催される分待ちきれないのだろう。折込のチラシを見るだけで、夏が来たと思い知らされると姉が話していたことを思い出す。 だが沖にとって見れば、高校野球の地区予選が始まった時点で夏は既に来たようなものだった。 時間を確認するついでにメール画面を開いて、受信メールを幾つか遡ると、久しぶりに届いた元チームメイトからのメールが目に止まる。 「……」 花井から届いたメールは、母校の西浦高校が4回戦へ進んだら皆で観戦に行こうというもので、その後には詳細も届いていた。 別に忙しかったわけでもなく、予定ならいつでも空けられた。けれども沖がその試合を見に行くことはなかった。 理由は他愛もなく、ただ、会いたい人がその中にいたから。ただそれだけ。 「あーあ……」 小さくため息を吐いて、開いていた携帯をぱちんと閉じた。 試合を見に行かなかったことで別に責められはしなかったが、久しぶりに会いたかったよなんてメールが来たりして軽く罪悪感を覚えたりしたが、聞けば全員揃ったようではなかったらしいので、それが沖の罪悪感を幾分かは和らげてくれた。 だが、大事な後輩の試合を自分の私情で目を背けてしまったことに申し訳なさがまだ心の底でくすぶっていた。 会いたいけれど、こうも期間が開いてしまってはどうにも気まずさが拭えず、沖はせっかく自然な形で阿部と会える機会を自ら潰してしまったのだ。 そして、自分がただの恋愛感情一つに、こんなにも左右されてしまう人間であったことに戸惑ってもいた。 汗で手の中の携帯がぬるつくのがわかる。 時間を確認するためだけならいつまでも持っていても仕方がないので、ズボンのポケットに仕舞おうとしたとき、人ごみの中に見知った頭を見つけてその行為を止めた。 「沖!」 「あれ、思ったより早く来た」 「いつも通りだよ、つかお前が早すぎ」 「オレいっつもこんなもんじゃん」 「そうだっけ? なんかいつも先に来てるからよく分かんね」 そう言って沖の前で首を傾げる彼は、大学へ入ってから出来た友人だ。 同じ授業を選択していて、たまたま隣の席になった際に会話をしていつの間にか仲良くなっていた。 スポーツを本格的にやっていなかったという彼は、自分よりも少し背が低くて体格もどちらかというと線が細い。 さっぱりとした性格の快活な人なので、一緒にいて気負わずにいられるのがとても気に入っている。 「向こうともここで待ち合わせだっけ?」 「ああ、さっきメール来てもう着いてるっぽいから、」 今日、沖がこの友人と花火大会に来たのには訳がある。 友人には好きな人がいて、その人に告白をしたくて花火大会に誘ったけれど、二人きりで歩く勇気まではなくお互いの友達も誘ってという話になり、沖が呼ばれたのだ。 別に誰かと約束をしていたわけもないし、この友人には上手くいって欲しかったので、申し訳ないんだけれどという頼みを二つ返事で引き受けた。 姉がいるせいなのか、女子と歩くことにそこまでの抵抗感は持ち合わせていない。 だが、相手も同じ大学の人でなので面識はあるのだが、友人ほど仲良くもなく話したこともないので、その更に親友がどういう人なのか不安はあった。 「やっべ、なんか緊張する」 「あはは、大丈夫だよ」 「そうかなあ、」 「だって普段から仲良いんだしいつも通りで」 「や、それじゃまずいんだろ!」 漫才の突っ込み宜しく手の甲で肩を叩かれると、沖は更に腹を抱えて笑った。 今日は告白という重要案件を抱えているためなのか、友人はいつもより混乱していてどこか憐れだった。 「あ、来たみたい」 目じりに溜まった涙を拭うと、電車が到着したことによる人混みを指差した。友人の想い人と、面識の全くないその親友がこちらに気付いて手を振っている。 沖が普段はあまり関わらないタイプの言うなれば、今時の女だった。 前を楽しそうに歩いて行く二人組みを見ながら、沖達はぽつりぽつりと言葉を交わしながら人混みを進む。 軽く自己紹介をしたけれど、どうせ今日だけの付き合いであるしという感情もあって、相手の名前をもう既に忘れてしまいそうだった。 「今日ってあいつ告白するんでしょ?」 「……なんで知ってんの?」 「うん、まあ、なんとなく。だってあの子のこと好きなの、見ててだだ分かりなんだもん」 「え、そういうのもん?」 「男ってそういうの鈍いよね……」 女はありえないとでも言いたげにため息をつく。こればっかりは否定の仕様もない。 「そう言えば沖くんって彼女いるの?」 「えっ……、ん、その……彼女は、いない」 嘘はついていない。彼女は、いない。 「へー、そうなんだ」 思わず言葉に詰まってしまったが、相手はさして興味がないようだ。 ただ、自分はもう名前を忘れかけてしまっているのに、相手がちゃんと覚えていてくれたことに、少しだけ申し訳なさを覚える。 「彼女にしたい子とかは?」 「うーん、……好きな人ならいるよ」 「え、そうなの? そしたらごめんね、今日もし一緒にいたら誤解されちゃうかも」 「ああ、それなら大丈夫だよ。そういうの、気にしない奴なんだ」 「……でも、彼女じゃないんでしょう??」 心配そうに両手を合わせて聞かれた質問に対する答えに、彼女は訝しげに首をかしげた。 付き合ってもいない相手が、知らない女と歩いていて誤解をしないことなんてあるのだろうか。 「え、と、うん、まあ、なんていうか普通の付き合いは長いから、オレにそういうのないの、知ってるから」 「ふーん、そうなんだー」 また興味なさそうに相槌を打つ。 お互い人数合わせのように呼ばれていることもあってか、もう沖のことなどどうでもいいのだろう。 高校時代は部活一筋だったせいか、恋愛話など殆どしたことがなかったのだが、大学に進んでから時折聞かれるようになった。 その度にさらりとかわしてきたのに、今日に限ってどうして言いよどんでしまったのだろう。 暫く会っていないからとか、メールすら交わしていないからとか、そんなことはなんの言い訳にもならないことは分かっている。 問題は今の沖の気持ちであって、阿部を好きな事実は変わらないのに、それを覆ってしまうくらいの底知れない不安が自身を苦しめていた。 だんだん暗くなっていきます、たぶん。なんかもう書き直したいような……。 2011.06 |