クリスマスケーキ


「あ、ケーキ取ってこねえと」
 自転車小屋で、今日の年末特番は何を見るかで盛り上がる中、ふと思い出したように阿部は呟いた。
 彼には似つかわしくない単語に、皆、一斉に振り返る。
「なに?」
 突然注目を浴びた阿部は、わけが分からず自転車に跨ったまま気持ち悪そうに身体を捩った。
「ケーキって?」
「クリスマスだからだろ」
「阿部が?」
「お前、甘いもの好きなの?」
「つーか、え、なに、パーティでもすんの」
「予約とかしちゃったんだ」
 触れてはいけないものを見るかのような眼差しを向けられて、さすがに黙って聞いていられるほどの度量は持ち合わせていない。
「なんだよ、普通だろ」
「うん、まあ、普通だよ。オレんちも買ったし」
「うちはキャラデコにした」
「あー、西広んとこ妹いるしなー」
「オレは姉ちゃんがたぶん作ってる」
「巣山は自分で作れそうだよな」
「……出来なくはないけど、どっちかっつと惣菜メインだよ」
「そっかー」
「阿部がケーキねえ……」
 口々に好き勝手なことを言っては、結局のところ、話題はそこに戻る。
 要は、阿部がクリスマスにケーキを買ったという事実が、普段の彼の人間性を見ている者達にとって理解しがたいことなのだった。
「お前らなあ、なんなんだよ」
「だって、こういうイベントって興味ないのかと思ってた」
「オレがどうのじゃなくて、母親がクリスマスをやりたいんだよ」
「お前の家族でそれに乗っかってくれんのって、弟だけじゃね?」
「まあ、そうだな」
 弟の旬は、兄と比べて素直で捻くれている部分が少ない分、こういったイベントに対しては寛容だ。男に囲まれた家の中で、本当はクリスマスを楽しみたい母親の気持ちを汲み取って毎年楽しみにしているのだ。
 そしてその為に予約をしたケーキを引き取りにいくのが、阿部の役割だった。
 もちろん、食事の場には自分もいるしケーキだってきちんと食べるのだけど、サンタクロースなど幼い頃から信じてはいなくて、どこか冷めた気持ちでクリスマスを迎えているのは今も昔も変わらない。
「え、じゃあ、阿部は?」
「オレは元々あんま興味ねえから、オヤジと一緒に飯食ってテレビ見てる」
「つまり、パシリにされている、と」
「もっと他に良い言い方ねえのかよ」
 苦笑いをしながら、腕時計をちらりと見て自転車のハンドルをギュッと握り直す。
 そろそろ店に行かないと間に合わない。
「なあ、予約した店ってどこ?」
 時間だからお先にと言おうとしたとき、沖が不意に話しかけてきた。
「ん? 駅東の……なんつったっけ、忘れた」
「赤い屋根のケーキ屋さん?」
「うん」
「じゃあ、オレも一緒に行くわ」
「え、沖も? なんで?」
 そう言って自転車のスタンドを上げる沖に、阿部より早く他の誰かが質問を投げかける。
「姉ちゃんがケーキ予約してて、引き取ってきてって頼まれてたから。話し聞いてたら同じ店っぽいし」
「沖もパシリかー。弟は大変だな」
「こいつは兄なのにパシリだぜ」
「んだよ、さっきからパシリパシリ、るっせえな」
 笑って受け流せない相手をからかうことが楽しいようで、阿部の反応一つ一つに笑い声が上がる。当人にしてみれば不愉快極まりないが、それでもいつもより穏やかにやり過ごせるのは、やはりクリスマスという特別な響きがもたらすものなのだろうか。
「行こう」
「ん、ああ」
 街灯に照らされただけの真っ暗な校門を出ると、それぞれが自分達の向かう方へばらばらに進んでいく。
 家路に向かう後姿が小さくなって見えなくなるまで見届けると、阿部はゆっくりと沖を見据えた。
「ケーキの予約なんて嘘だろ」
 一呼吸置いて静かに息を吐くと、沖が少し罰が悪そうに苦笑いをした。
「なんでバレたの」
「だって、オレが行くとこはお前んちと反対方向だし」
「そんだけで?」
「あとは勘」
「……野生の嗅覚とか残ってんじゃないの?」
 凛と張り詰めた冷たい空気の中、二人の口から漏れる白い息が混ざり合って溶けていく。
 自分と違って、どちらかというとイベントを楽しみたい方の人間である沖が、クリスマスをどう過ごしたいのか、考えたことがないわけではない。はっきりと言葉にしたことはないけれど、なんとなく、一緒に過ごしたい気持ちがあるのではないかと思っただけだ。
「駅前のイルミネーション綺麗なんだって」
「ふーん」
「阿部が興味ないのは分かってる、けど」
「別にいいぜ」
 まだ特別な時間を過ごしたいという欲がない阿部と、その欲を少なからず持つ沖は、気持ちのベクトルが別の方角に飛んでいる。
「ケーキ取りに行って帰るまでだったら」
「うん」
「たまには、こういうのも」
「……うん」
 二人並んでペダルを漕ぎながら、二つの自転車は夜道を進む。


2013.12

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