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パンプキンマフィン 「見て見て! これ美味しそうでしょ〜!」 練習帰りに行きつけのコンビニの駐車場で、水谷が自慢げに袋に入った何かを高々と掲げた。 店から漏れる明かりと街灯の明かりだけでは手にした物が良く見えず、部員達の反応はいまひとつ寂しいものだった。 「ごめん、みんな腹減ってそれどころじゃない」 期待した反響が得られず、がっくりとうなだれる水谷を栄口がフォローしたことで、ようやく9組の三人が彼の元に歩み寄った。 「それ今日の購買のマフィンじゃん」 「ハロウィンのやつ? オレも食べたぜ」 「ああ、昼に食ってたな。三橋も食ってたよな?」 「ん、美味しかった。水谷くんも買ったんだ」 手元にある何かに注目を向けられたことで、水谷は少しずつ笑顔を取り戻し、再度、自分の手の中にあるマフィンを皆の前にずいっと差し出した。 透明のセロファンに包まれ紫の可愛らしいリボンで止められたその中には、小ぶりのマフィンが入っていた。ほんのり黄色の生地は、チョコレートとマーブル模様になっている。 「で、これがなに?」 「この中で購買使ってる奴ってどれくらいる?」 「質問に質問で返すなよバカ」 軽く蹴りを入れる泉のことは無視をして、水谷は声をかけた。 部員の殆どは自宅から弁当を持参しているため、皆、近くにいる者達と顔を見合わせては首を振る。弁当だけでは足りない時、中には早弁をしてしまって昼に食べるものがない時などに利用するくらいで、水谷はそれを分かっていて質問を投げかけたようだった。 「今日ってハロウィンじゃん? 購買で限定のパンプキンマフィンが出てたの」 「へー、そうなんだ」 「でもそれって、すぐ売り切れになってなかった? 結構人気あんだよねー」 「そうなの?」 「買えなかったって言ってる奴いた」 足を向けたわけではないが、クラスの女子がそう話していたと西広が輪に加わり、それに引きずられるように沖も水谷の元に歩み寄る。 「だからそれがなんだって聞いてんだよ」 「まあまあ、泉くん落ち着いて」 「あれ? それ購買に売ってたもんと違くね?」 「え、そうなの? 暗くてよく見えねー……」 水谷の手の中にあるマフィンをまじまじと見つめていた田島が、不思議そうに首を捻った。その呟きに、もったいぶった言い回しをする輪の中心にいる人物にイラつきを隠せなかった泉も思わず、その手の中へ視線を落とす。 自分を取り囲む者たちの注目を一斉に集めた水谷は、得意気にニヤリと口端を上げた。 「よくぞ気付いてくれました」 「いやホントうぜーよお前」 「実はこれ、しのーかの手作りです!」 「え? マジで?」 「篠岡の?」 びっくりして目を丸くする皆をそのままに、水谷は自転車の前カゴに入れたバッグの中から大きなビニール袋を取り出した。その中には、先程まで高々と抱えられていたマフィンと同じものがたくさん入っていた。 「今日はハロウィンなので、しのーかからお前らに手作りマフィンの差し入れでーす!」 「これマジで手作りなの? 凄いじゃん売り物みたい」 「え、全員分あるってこと?」 「そうだよ」 「いつ作ったんだよこれ。練習ん時フツーにいたよな」 「去年もこういうのがあったって聞いて、それで作ってくれたみたい」 篠岡からの差し入れと聞いて、水谷を囲んでいた部員達は一斉にその袋に群がった。確かに良く見てみれば、購買で売られていたものと比べて小ぶりで、形も手作りらしく整っていない。しかし、思いの込められたその焼き菓子は、包まれたセロファンに光が反射してキラキラと輝いて見えた。 「一人で作ったのかな」 「友達も手伝ったみたいだけど」 「たぶんモモカンとか浜田さんとか、みんなに作っただろうから大変だったんじゃない?」 「材料はオレらの親が差し入れてくれたみたいよ」 「それって前から準備してたってことじゃん」 「篠岡ってこういうこと、さらりとやるからすげーよなあ」 ただマフィンの配布を頼まれただけの水谷は、何故か得意そうにそれを皆に配って回る。しかし、マネージャーの手作りの差し入れというサプライズに気を取られ、誰もそのことには触れようとはしない。 はしゃぐ輪から少し外れて、阿部と花井そして巣山は車止めに腰を降ろしたままその光景を黙って眺めていた。 「なあ、花井」 「ん?」 コンビニで買ったパンを齧りながら巣山が口を開く。 「マフィン作り、オレも手伝ったって言わなくていいよな」 「ああ」 「あの中にオレが作ったのも混ざってるって、言わなくてもいいよな」 「世の中には、知らないことの方が幸せなこともある」 阿部がそうぴしゃりと言うと三人は、満面の笑みで袋を持って歩いてくる水谷から視線を外した。 お菓子作りは経験者で得意な篠岡であったが、さすがに授業の合間に人数分作ることには無理があったらしく、チアガールの二人と料理が趣味の巣山に手伝いを請うたのだった。そうしてサプライズ差し入れのパンプキンマフィンが作り上げられたことは、阿部と花井しか知らない。 西浦野球部員の手の中には、可愛らしい黄色のマフィンがキラキラと輝いていた。 2013.10 |