平行線は交差する


 週に一度の休養日、カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中で、阿部と沖は立ったまま向かい合わせに対峙していた。
 ここは阿部の部屋。
 沖の自室と違って整然と片付けられていて、少し殺風景だ。
「マメができてる」
 手のひらに出来たいくつかの突起をそっと触って阿部が呟く。ゆっくりとした撫で方がくすぐったくて、つい身を捩る。
「ほんと、こういうのダメな」
「阿部が鈍感すぎるんだよ。くすぐったいから、やめて」
「これが潰れて固い皮膚になっていくんだろ」
 そう言って撫でる手をまだ止めない。
 反撃しようにも、わき腹ですら何も感じない阿部なので、沖はただ黙って相手が飽きるのをじっと待つ。これは単なる時間稼ぎだ。
 阿部はいつもキスの前になると、なかなか先へ進もうとはしない。気恥ずかしいのか、慣れないのか、こうして時間を引き延ばしては甘い蜜な時間を作るのを躊躇う。
 かといって、沖自身も積極的に攻められるタイプではないので、相手の気の済むように任せていた。
「……しないの」
「何を」
「知らない」
 けれども、これが何回も続くと決心の渋る阿部に対し無性に腹が立つようになってくる。初秋に入り、涼しい日が増えたとはいえ、カーテンを閉め切ってドアも閉じてしまえば部屋の温度は上昇する。
 少しずつ蒸してくる感覚に、沖は今日もイラつきを消すことが出来なかった。
「しないなら、帰る」
 語気を強めてそう告げると、マメを撫でていた指先がピクリと止まった。
 普段は、花井曰くスーパーマイペースで自分の欲に対する行動力の高い阿部も、恋愛となると未熟で奥手になる。性格的な違いはあれど、それは沖だって同じだ。
「どれくらい経つっけ」
「あー、半年? くらいかな」
 お互いの気持ちを確認しあってから、時々、唇を重ねる仲にはなったけど、いまだに手探り状態なのがもどかしい。
 なかなか一歩踏み込めない阿部と、それにイラつきながらも行動を起こせない沖は、向き合ってはみるもののずっと平行線のままだ。どちらかでも手を差し伸べれば交わることが出来るのに、ほんの少しの勇気が引き出せない。
「なんつーか、怖いんだよ」
「怖い?」
「恋愛してるオレって、なんかそういうキャラじゃなくね?」
「……はあ」
「自分で自分のことが恥ずかしいっつーのが、ある」
 触れていた手を放すと、阿部は気まずそうに顔を背ける。
 表向き皆に見せている性格に今の行動が合っていないことくらい、とっくに分かっているのに。その言い表せない羞恥心と戦っているようだった。
「じゃあ、やめる?」
「え……」
「自分に違和感があるなら、やめちゃえば」
 好きな気持ちを譲れないからこうして一緒にいるのだろうに、そろそろ裏側にいるもう一人の自分を受け入れても良いのではないかと思う。
 恋愛は、一人では成り立たない。
「いや、やめねーよ?」
 沖の投げやりな言葉に、背けていた顔を真っすぐ正面に向けると、思いのほか真剣な答えが返ってきた。
「やめねーけどさ。友達とつるむのとはわけが違うし、まだ図りかねてる部分があんだよ」
「……そう」
「恋愛したことねーからさ、タイミングとか気の持ちようとか、いろいろ。恥ずかしくて迷う時があるんだよ」
「それは」
 眉間にしわを寄せる阿部の頬が赤い。それを見て熱を帯びる自分の頬もきっと、同じように赤いのだろう。
「それはオレだって同じだよ」
「……」
「がつがつ行けばいいのに行けない自分がもどかしいって、思ってるよ」
「沖……」
「だけどそろそろ、一歩引かなくてもいいんじゃないの?」
 阿部の両手がゆっくりと沖の肩を掴んだ。
「何もしないオレもずるいって分かってるけど、したいときはしていいんだよ」
「お前が嫌だって思ってても?」
「その時ははっきり言うよ。したいときも、ちゃんと言う」
 ずるさを見せて相手任せにしてしまうかもしれないけれど。
 沖はそっと阿部の頬を両手で包む。不意に、遠くで自転車のスタンドを下ろす音がした。
「やべ、シュン帰ってきたかも」
「カーテンもドアも閉めてたら怪しまれるよね」
「……時間無駄にし過ぎたな」
「今更かよ!」
 さっきまでの重苦しい雰囲気とは変わって軽口を叩きあうと、ゆっくりと唇を重ねる。
 足音が近づいて階段を上り始めるまで、二人はそのままお互い触れ合いたかった部分を触れ合わせ続けた。



2013.9

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