窓際で



「にーちゃん、オレ塾行くから自転車貸し……」
 隣りにある兄の部屋をノックもせず無造作に開けたシュンは、そこに広がる光景にぎょっとして思わず言葉を詰まらせた。
 自分の兄とその友人が、ベランダに面した窓の前に転がっていたからだ。
「え、何してんの?」
「んだよ、お前自分の自転車持ってんだろ」
 怪訝そうな顔で眺める弟の質問になど目もくれず、兄は転がったまま質問で返す。
「あー、お母さんが買い物で乗ってちゃってまだ帰って来ないんだ。待ってると遅れるからさ……で、何してんの?」
 ひとまずその質問に答えると、シュンはもう一度同じ質問をする。二度も同じ質問をすればさすがに無視は出来ないのか、めんどくさそうに身体を起こした。
「さみーから暖まってんの、邪魔すんな」
「……そーですか、そりゃしつれーしました」
「鍵、元に戻しといてくれりゃ、自転車乗ってっていーよ」
「うん。さんきゅー」
 シュンはおよそ兄が真似できないような満面の笑みを見せると、窓際に転がった兄の友人をちらりと見るとゆっくりとドアを閉める。
 今年の春先辺りからよく遊びに来る、兄の友人の名前を思い出そうとして、でも思い出せなくて、一度止めた歩を進め足早に階段を降りていった。


 弟が玄関のドアを閉める音を聞き届けると、阿部は再び窓際に身体を横たえた。
「シュンくん、今年高校受験?」
 兄弟の会話を寝たふりをしてやり過ごしていた沖は、うつ伏せに埋めていた顔を向けると静かに尋ねる。
 部活の練習がオフの日は、こうしてどちらかの家や図書館に行ったりしながら二人で勉強などをしており、今日も阿部の部屋にお邪魔して課題をこなしていた。
 だが、初冬の夕方は日差しが弱く、まだ暖房器具を準備していないこの部屋は寒くて、休憩がてら窓の傍で二人、日向ぼっこをしていたのだった。
「親が……特に母親の方が塾塾うるさくってさ、週3くらいで行ってる」
「ね、シュンくんってどこ受けるの? 西浦?」
「んなわけあるか」
 仰向けに目を閉じていた阿部は嫌そうに口を歪ませる。
 西浦は去年、新設校にしてはかなり良い成績を修めた。それに彼の弟は、やはり兄同様に子供の頃から野球をやっていて、田島に憧れてるとも聞く。
 他校から注目され始め、さらには憧れの選手のいる学校に行きたいと思うのは自然な流れなんじゃないかと沖は思うのだが、当人にしてみればあまり面白くはないらしい。
「じゃあ」
「知りません、あいつとそんな話あんましねーから」
 男兄弟というのはそういうものなのかもしれないと、姉のいる沖にとっては不思議な感覚だった。
 姉とはお互い志望校の話はよくしたし聞かされた。どこの制服がいい、こういう部活がある、どれくらいの距離がある等だ。
 自分にしてみればそれは楽しい会話であったから、もったいないなあと思うが、きっと口にすると余計不機嫌になるだろうから心の中にしまう。
「……陽、沈みそうだね」
「んー」
「今度はこたつとか、カーペット出しといてよ」
「ああ」
 人と人との関係なんて、多様性に満ちていて誰かが口を出すことではない。
 自分と阿部との関係だってそうだ。
 意識して行動するようになった分、去年に比べれば二人で過ごす時間は格段に増えたように思う。
「……」
 日が沈み、冷たくなっていくフローリングの床を這いつくばって、相手の下に近づいていく。
 そして、手を伸ばすと一気に阿部の腹の上に被さった。阿部の体温は自分より高い気がして、熱を求めて擦り寄るのが最近のお気に入りなのだ。
「おもてーよ」
「だって、寒いし」
「オレは暖房器具じゃねんだけど」
「知ってる」
 布越しに伝わる温もりに頬を摺り寄せ、沖は目を閉じた。



 こういうまったりした雰囲気が好き。


2011.11

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