クラスメートの特権



「すーやーまー!」
 次の移動教室のために筆記用具を持って一度教室を出たのに、運悪く忘れ物をしたことに気づいてくるりと踵を返した巣山は、向きを変えた先に聞きなれた声を捉えて思わず立ち止まった。
 始業式の後はもう普通にHRが入っていて、担任がレクをやるからと特別棟の教室を指定したのだ。
 まだ慣れない景色の中、声の主を探すと、沢山の頭に紛れて手を振る人影を見つけた。
「どうかしたの?」
 お互いに近づいて声をかけると、自分を呼んだ主である栄口は、巣山の手にある筆記用具をちらりと見やった。
「あれ、もしかして教室移動?」
「ん、ああ。でも忘れ物しちゃって戻るとこ」
「わあ、そうなんだ、引き止めちゃって悪いね」
 そう言って申し訳なさそうに立ち去ろうとするその腕を掴んで、思わず引き止めてしまったのは、まだ慣れない環境の中にいるせいなのだろうか。
 この行動には、巣山も栄口もびっくりしてしまって、お互い顔を見合わせて暫し固まった。
「や、その……」
 つい数週間前までは、移動教室の時だって一緒だったのに、今はそれぞれが違う行動をしている。
 次の授業のために足を使っているのは巣山だけだ。
 引き止めてしまった理由はごく単純で、ただその懐かしさに手が出てしまっただけなのだが、何故だかそれを言葉にするのは気恥ずかしくて巣山はらしくもなく口ごもった。
「なんかさあ、変な感じだよねー」
「え?」
 そんな巣山の心境を知ってかしらずか、腕をつかまれたまま、栄口は他愛もなく言葉を紡いだ。
「いつも一緒だったのにさ、クラスが違うだけで巣山が知らない人になったみたい」
「はあ?」
「他の奴らもきっとそうなんだよなあ」
 そうけらけらと笑われてしまうと、今まであった気恥ずかしさはどこかへ飛んでしまって、巣山はようやく掴んでいた腕を放す。
「なに言ってんの……」
「だってそうだろ? 一年間一緒でさ、教室移動だって休み時間だって弁当だって一緒だったのに、今はそうじゃないんだもん。こんなこと言ったら笑われるかもだけど、ちょっとは寂しいつーかさあ」
 まるで子供みたいな言い草を正面切っては言えないのか、口をちょっとだけ尖らせると、不意と横を向く。
 思わず噴出しそうになるのを必死で堪えながら、巣山は小さく笑った。
「そんなの、オレもだよ」
「ええ? ホントにい?」
 いっそのことクラス替えなんてなければ良いのに。
 新学期のクラス分け表を見た瞬間呟いた言葉を思い出す。
 せっかく他の奴らの中でも群を抜いて仲良くなって、部活も一緒で西浦の二遊間コンビとして連携も上手くなって、まだまだ一緒にいたい大切な友人なのに、こうも簡単に引き裂かれてしまうのは悲しいことだった。
「っつかさ、みんなそうなんじゃねえの? だって一年一緒にいたらそれなりに情は湧くじゃん」
「じょ、情とか言うなよ!」
「そっちの情じゃねえよ、友情だよ、ゆ・う・じょ・う!」
「巣山が言うとそれっぽく聞こえるから複雑」
「意味分かんねえし!」
 二人のいる廊下の生徒たちも疎らになってきて、そろそろ休み時間も終わりを迎えることに気づく。
 まだまだ話したいことは沢山ある。
 だが、勉学も学生の本分の内だ。
「そういえばさ、なんかオレに用あったんじゃねえの?」
「ん? ああ……」
 促されて、本来の目的を思い出した栄口は、巣山の顔を見るとにいっと笑った。
「巣山、誕生日おめでと!」
「……!?」
 予想していなかった不意打ちに、巣山はつい筆記用具を落としそうになって慌てて持ち直す。
 確かに今日は自分の誕生日だが、特に誰にも言われないので忘れていたのだ。
「なあなあ、オレもしかして一番乗り?」
「あ、うん、そう……だけど」
「やったね! 絶対そうだと思ったんだ!」
 よほど嬉しいのか、彼は拳を握り締めてぶんぶん振り回した。
「絶対?」
「だって新しいクラス今日からだし、お前のクラスの奴なんてほとんど誕生日知らないだろ?」
「まあな」
 高校2年にもなって、男同士お互いの誕生日を教え合うことなど殆どないとは思うのだが、祝ってもらえて悪い気はしない。
「これ、前クラスメートの特権な!」
「特権て、なんだよそれ」
「なあ、巣山。また今年も頑張ろうね」
「うん?」
「後輩入ってくるから、ポジション取られないように」
 ああ、そうか。
 今まではクラスが同じだから一緒に過ごせたし、部員も10人だったから二遊間コンビでいられた。
 だが、これからはお互いに努力をしないと会えないし、コンビでもいられない。
 無論今までが努力をしてこなかった訳ではないのだが、早速、栄口は自分におめでとうを言うための努力をしてくれた。
「まあ、大丈夫だと思うけどな」
「ん?」
「オレら、西浦の最強二遊間コンビだろ」
「うっわ、なにそれすげー自信じゃん!」
「なんでえ、お前自信ねえの?」
「ははっ、あるに決まってんじゃん!」
 二人はもう一度顔を見合わせると、周りが驚いて振り向くくらいの大声で笑いあった。



 お祝いはさらりと友情で。巣誕かなりの大遅刻でした……。
 ごめんなさい、掛け算して巣栄も好きなんです。


2010.4
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