ちょっとだけ



「なあ、あれって野球部の三橋だろ? お前に用あんじゃね?」
 そうクラスの友人に声をかけられて廊下を見ると、三橋が教室の後ろのドアの入口から顔を半分覗かせてこちらの様子を伺っている。
 西広が見てることに気がつくと、三橋は一瞬肩をびくつかせてドアの影に隠れ、再びゆっくりと顔を覗かせた。
「相変わらずキョどってんなあ」
「ははっ。ちょっと行ってくるよ」
 友人が呆れたように呟くと、それに対して西広は苦笑し立ち上がった。
 きっと知らない奴らばかりのクラスで声をかけるには、相当の勇気が必要で、今の三橋はまだそれを持ち合わせてはいないのだろう。
 でもまさか、一人で来たわけでもないだろうに。
「に、西広、くん……」
「どうしたの三橋」
 近くまで行って周りを見渡して、そこで初めて彼がここまで一人で来たことを知る。
 いつもなら田島や泉など、クラスの奴らと一緒なのに珍しいなと思った。
「あの、沖くんは?」
「え、沖?」
「うん」
 教室の中をきょろきょろと探す三橋には、まるで目の前にいる西広が見えていないようだった。
「あいつならプリント置きに職員室行ってるけど、たぶんもうすぐ……」
「職員室……、西広くん、あ、あり、がと!」
「え? あ、三橋っ」
 話し終わるか終わらないかのうちに、場所だけを聞き出すと、三橋はくるっと向きを変えて職員室のある下の階へと向かった。
 3組の教室の近くには階段があるが、休み時間で人の往来の多いそこをいそいそと下っていく。その姿を見て、西広は思わず声をかけた。
「階段ゆっくり下りないと危ないぞ!」
「うん!」
 聞こえてきたのはいつもの元気の良い返事だが、他の生徒に一瞬隠れて、その次にはもうその姿はなかった。


 職員室、職員室……。
 そう心の中で何度も繰り返しながら、登ってくる人の間を縫いながら階段を下る。
 短い休み時間、教室で目当ての人物を探したぶん残りの時間はもうあまりない。
 早く早くと焦る心と、もたもたしてしまう体がついていかない。三橋は少しだけイラついた。
「あれ? 三橋どうしたの?」
 職員室の入口をくぐろうとしたところで後ろから声をかけられピタリと止まる。
 振り返ってそこにいたのは、一生懸命探した沖だった。
 両手にノートの束を抱えている。
「う、お、おお、沖くん」
「職員室に用なの?」
「う、と」
「オレはね、来たらついでにこれ頼まれちゃってさ、戻るとこなんだ」
 そう言って沖は抱えていたノートの束を持ち上げてにへらっと笑った。
 軽々と持ち上げているようで、40人分近いそれは重いのだろう。少しだけ持ち上げた腕が震えている。
 運動部の奴らはこれも体力をつける運動の一環だと、たまに荷物の運搬を手伝わせる先生がいる。
 文句を言いながらも結局は皆、頼られたことが嬉しくて引き受けてしまうのだが、三橋は阿部がうるさいのでそれを手伝ったことがない。
「……手伝う、よ」
「え?」
 気がつくと、三橋は沖の抱えていたノートを半分取り分けていた。
 その予想外の行動に、沖は目を丸くして驚いた。
「見つかったら、オレが、阿部くんに怒られるから、だいじょう、ぶ」
「そうじゃなくて……や、それもあるけど、職員室に用があったんじゃないの?」
「うん、ない、よ!」
 どうやら、阿部の心配よりも三橋が職員室に用があってきたはずなのに、自分を手伝おうとしたことに驚いたらしい。
 きっぱりとそれを否定すると、丸くなった目が分からないとでも言いたげに三橋を見つめた。
「オレは、沖くんと、話がしたかったん、だ!」
「!」
 だから授業が終わって急いで教室まで会いに来たのに彼はいなくて、場所を聞いてここまでやって来て、残りの時間は本当にあと少しだった。
 沖は三橋のその言葉を聞いて、少しだけ頬を赤くすると、目線を外して小さく呟く。
 その呟きは、周りには聞こえなかったけど、三橋の耳へはしっかりと届いた。
「じゃあ、これをもっていくまでの間、ちょっとだけ話しをしよっか」
「……うん」
 二人の階段を登る速度は、他の生徒に比べて明らかに遅かった。
 もし授業に遅れてしまったとしても、手伝っていたことを言い訳にすればもう少し話していられる。
 そう提案したのは沖だった。
「オレも一緒に怒られるよ」
 はにかんで笑いながら言う彼を見て、抱えたノートを落としそうになってしまい、三橋は必死に踏ん張った。



 可愛い三沖、必死な三橋が書きたかったので。
 裏テーマはベストフレンド。でも掛け算してます。


2010.1
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