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キャッチボール どれくらい心の中で好きだと叫べば相手に届くのか、そんならしくないことを真面目に考えている自分に気付いて、自嘲気味に笑う。 好きだから、相手の一挙手一投足を全て知りたくて、記憶の中に刻みたくて見ているけど、だからこそ分かってしまうこともある。 もうだいぶ前から気付いているけど、きっと、誰かが知っているなんて思ってはいないんだ。 こんなに見ていて駄々漏れでもどかしくて、でも肝心の相手には気付いてもらえなくて、正直それすらも好きだと思える自分もどうかしているのだろう。 「三橋、キャッチボールしよう」 「ん、おっ、うん」 好きだから気になってしまうのは彼も自分も同じだ。 だけど、いつまでもそっちばかり向かせているのは面白くない。そろそろ自分の方を向いてもらわないと。 遠くで監督と前の試合の配球データを確認している阿部をチラチラ見ていた三橋は、沖に名前を呼ばれて慌てて振り返る。 別にキャッチボールなんて、もっと近くにいる奴に声をかければ良かったんだろうけど、恋愛というものは身勝手で相手の気持ちに配慮する必要なんてないと思ってしまう。 事実、自分とは違う方向ばかりを見ていられるのは、沖としても許容は出来ない。 「阿部ってさ」 「う、ん」 ぱすっ、ぱすっ。 軽めのキャッチボールはテンポ良く乾いた音を立てている。 三橋は気付いてはいないだろうが、彼の想い人は今は視界には入っていない。 話をしながらボールを交換し始めて、さり気なく相手に背を向いた位置に立たせる技を身に付けたのはいつのことだったか。もう良くは覚えていない。 「ほんとオタクだよな」 「おたく……?」 「マニアっていうか」 ボールを投げる度に言葉も投げ、沖からのそれを三橋は丁寧に受け取る。 阿部の話題を出したのは、嫉妬も混ざっていたんじゃないかなと思う。だけど、貶したり侮蔑するつもりはない。 相手の評価を落として自分の点数を稼ぐなんてこと、到底沖には出来ることではないし、いくら恋敵とはいえそれは卑怯なことだとも思うからだ。 「でも、阿部君は」 「おっ」 一歩通行気味だった言葉のボールを三橋はゆっくりと返してきた。 でもそれは、確かな重さを持って沖の手のひらにすとんと落ちてくる。 「投手のことも、色々考えて、リードしてくれる、んだよ!」 「そうだね」 「これを投げたら、次が嫌だろうな、とか」 「うん」 「オレが、気持ち良く投げれるよう、考えてくれるんだ」 それはきっと、沖に対しても、花井に対してもそうだ。 別に特別なことじゃないとは思う。もちろん捕手にだって色々なタイプの人がいるけど、今の西浦にはこれが当たり前なのだ。 だけど今の三橋は、彼が話しやすいように早さとかタイミングとかを考えながら沖が投げていることに気付いているのだろうか。 気付いていないんだろうなあ。 投げたボールを慣れた手つきで受け取りながら、沖は三橋に分からないようにふっと笑う。 「三橋は、阿部を良く知ってるね」 「うん、見てるから」 「……」 無邪気に真剣に放たれたボールは、あまりにも重過ぎて、沖は取ることが出来なかった。 今までリズミカルに続いていたキャッチボールは、不意に終わりを迎える。 「沖くん?」 こんなに重いボール、捕球出来るわけがない。 自分がそう思ってしまうのは三橋の気持ちを知っているからで、何も返すことが出来ないのはいつも彼を見ているからだった。 もし、沖が彼に対して同じように重いボールを投げても、自分の気持ちを知らない三橋は軽々捕ってしまうに違いない。 そう考えると、何故か無性に悔しかった。 「あと10球投げたら……」 「うん?」 「投げたら……」 「投げたら?」 「やっぱり20球投げて良い?」 「お、怒られない、かな?」 死角で見えない阿部をきょろきょろと探して頭が動く。 せっかく監督の話し合いに夢中でこちらに気付いていないのに、そんなに挙動不審に視線を向けたらきっと気付いてしまう。 本当は50球だって100球だって、もっともっと投げていたいのだ。 それは、相手が三橋でなければ意味を成さない。 「大丈夫だと思うよ」 阿部がこちらを気にしていないことを確認すると、本当に大丈夫かなとでも言いたげな表情で向き直る。 なのでその不安を和らげようと、沖は出来るだけ柔らかく言った。 「う、ん」 残りのボール全てに好きという気持ちを込めたら、彼はそれに気付くだろうか。 どれだけ好きだと叫んでも、どれだけ好きだと見つめても、いつになったら相手に届くのだろう。 それは三橋だって同じなのだろうが、たまには自分のことも見て欲しい。 この想いに少しでも気付いて欲しい。 そう願いを込めて、沖はボールを投げた。 阿部←三橋←沖の沖視点です。想い過ぎて心が疲れてちょっと病んでる感じ。 三橋の好意は意外と恋愛として周囲に捉えられていないんじゃいかと思います。 2009.12 |