星空の下で



「それでは西浦高校野球部忘年会、と見せかけて阿部の誕生記念パーティを開きたいと思います!」
「はああ!?」
 春に行われた三橋の誕生日会と似た特大のケーキと、様々なパーティ料理が並べられた部屋に11人全員が入ったところで、声高らかに水谷が宣言をした。
 それと同時にクラッカーが鳴らされ、拍手が鳴り響く。
 だがその中で忘年会以外何も知らされていない、本日の主役である阿部は驚いたように声を上げた。
「やっべ、今の阿部の顔おもしれー!」
「記念にとっとこ」
 正に寝耳に水といった表情の阿部は相当面白かったらしく、田島が携帯で撮ったのを皮切りに幾人かが記念撮影始めるが、今の阿部にはそれを全力で阻止する気力がない。
 まだ一年生で部員も11人しかおらず、来年新入生が増えた暁にはこういった集まりも難しくなるだろうから、せっかくの機会を見す見す逃すなということで忘年会を開くことになっていた。
 広い部屋のある三橋の家が会場候補に上げられ、事前の準備班と買出し班に分かれようということで、阿部は後者に回されていた。
 一緒に外に出ていた栄口も花井も巣山もそんな素振りは一切見せなかった。今日は泊まり可だとか、冬休みの予定だとか、練習日程などいつもと同じような会話をしていたのだ。
 だが、今になってよくよく考えてみれば、三橋や田島といったすぐにばらしてしまいそうな二人と共に、そのお目付け役である泉や西広が事前準備班にいることに気づくべきであった。
「……やられた!」
 珍しく水谷と篠岡が何かの打ち合わせをしていたこと、三橋の投球練習があるからと忘年会の準備の話から外されたこと、そしてその練習の度に三橋が何かを言いたそうな目でこちらを見ていたことなど、全てを理解し合点が行ってから素直に負けを認めた。
「やったあ! ドッキリ作戦大成功じゃね!?」
「こうも見事に引っかかってくれるとはな」
「いやあ本当、ある意味阿部が単純で助かったよ」
 嬉しそうに水谷が飛び上がっているので、まあ、おそらくは発案者は彼なのだろう。
 後ろで花井と栄口がかなり失礼なことを口にしていたが、この場に免じて、阿部は聞かなかったことにした。
「阿部くんっ、お、おめでと!」
「ああ、サンキューな」
「ケーキ、えっと、大きいの用意したんだ!」
「うん、まあ、見りゃ分かるよ。お袋さんに用意してもらったんだろ」
「ち、違う、よ! オレと、篠岡さんで作ったんだよ!」
「え?」
 予想外の答えに阿部はまた放心した。
 すると、三橋の隣りに少し恥ずかしげに頬をぽりぽり掻きながら篠岡がやってくる。どうやら、本当のことのようだ。
「えへへ、折角だから頑張ってみたんだ。三橋くん結構器用だったんだよ」
「三橋が……ケーキ?」
「あっ、でもね、全然大丈夫なの! 包丁とかそういうのは全然使ってないから」
 阿部の言葉を先読みしたかのように、彼女はやんわりと三橋を庇う。そういうさり気ない優しさが、篠岡の良い所だ。
「オ、オレ、阿部くんに嘘つくの、ごめんって思ったけど……」
 だが西浦のビビリエースはケーキ作りとは別なところで気にしているらしく、今日行われる本当のことが言えなかった事を謝ってくる。
 別に全てのことが分かってしまえば、三橋を責める理由などどこにもないので、彼の肩に手を置くとそのままくるっと後ろを向かせた。
「三橋、ケーキありがとな」
「おっ、おお!」
 だが、部員の中で一番表情に出やすい彼の態度で違和感を覚えられなかった自分を少し情けなくも感じる。
 もっとも、それだけ用意周到に水面下で計画を立てていたことに対しては驚きで一杯だった。
「つか、ホントおまえらなんなの? オレ、普通に忘年会なんだと思ってたぜ」
 高校生にもなって自分の誕生日会を開いてもらえることに、阿部は嬉しさと気恥ずかしさを覚えながら、感謝の気持ちを伝えようと話し始めるがその性格も手伝ってか遠回りな表現になってしまう。
 しかし、西広がきょとんとした表情で巣山と顔を見合わせた。
「嬉しければ普通にそう言えば良いのに」
「なあ。素直じゃねえんだよなあ、うちの正捕手は」
「そこうっせえぞ!」
 本音を突かれ、思わず二人を指差し怒鳴ってしまうが、小憎らしいことに三橋を除いた他の面々はその様子をニヤニヤと笑って眺めている。
 もう全てお見通しなのだ。
「では本日の主役である阿部隆也さんには、主役らしくこの襷と帽子を……」
 そういって水谷が取り出してきた「本日の主役は俺だ!」と書かれた襷と、カラフルなラメの施された三角帽を見た瞬間、阿部は高速でそれらを床に叩き落とす。
「ああ!」
 あまりのことに放心している水谷を、泉はやっぱりな……とでも言いたげな表情で見ていた。
「だから言ったじゃん、買っても意味ねえってさあ」
「そんなに被りたきゃテメェが被りゃ良いんじゃねえか? なあ? クソレフト」
「え? わっ、わあああああああ!!」
 一方の阿部は、先ほど自分で床に叩き落した襷と帽子をゆっくりと拾うと、水谷ににじり寄る。口元は笑っているが、目が据わっている。
 数分後、テーブルをぐるりと取り囲む面々の中に、一人だけかなり浮き上がった格好をしている者が混じることとなった。


 吐く息が白く濁って闇に消えていく先を目で追うと、冷たい空気が鼻を刺激してつんと痛くなる。
 寒空の下、阿部と沖はコンビニの袋をぶら下げ歩いていた。
 そもそも何故こうなったのかというと、男子陣はこのまま三橋の家に泊まりこむのに対して、女子である篠岡は家に帰ることになっていた。
 篠岡にも仲間と一緒に楽しんでいたい気持ちは山ほどあったが、圧倒的に男が多い中で、そのようなことは叶うはずもない。
 もちろん夜も遅い時間に彼女を一人で帰すわけもなく、水谷が勢い良く立候補していたのだが却下され、今日の一応は主役であったはずの阿部が駅まで送っていくこととなり、ついでに買出しまで頼まれてしまったのだ。
 誰か荷物持ちをということで、これまた水谷が勢い良く立候補したのだが却下され、阿部直々の指名で沖が選ばれた。
 そんなわけで、無事、篠岡を駅まで送り買い物も済ませた二人は、少しゆっくり気味に星空の下を歩く。
 冬の澄んだ空気の中見上げれば、無数の星が輝いている。この星空の下を、二人一緒に歩けたことはとても幸せなことだと思う。
 三橋の家に続く道の人気のない曲がり角で、沖は不意に立ち止まり、少し先に進んでしまった阿部は彼が遅れたことに気付いて振り返った。
 街灯も殆どないこの一角は暗くて、ほんの数メートルだって離れていないのに、お互いの表情が分からない。
「阿部、キスして良い?」
 引き返そうと一歩踏み出した阿部は、次の瞬間自分に向かって向けられた言葉に思わず足を止めた。
 聞き間違いでなければ、確かにキスをしたいと言ったのだ。
「……なにそれ誕生日プレゼント?」
「こんなのでプレゼントに出来るんなら、かなり安上がりだよね」
「でもオレは充分嬉しいけど」
「あはは」
 乾いた笑いが聞こえるが、沖の顔が赤いのは歩み寄らなくても分かる。
 向こうからキスをしたいだなんて、そう滅多にあることではない。しかも人目に触れない場所ならともかく、いつ誰かがやってくるかもしれない通りなのだ。これは誕生日効果という奴なのだろうか。
 無論、断る理由などなく、内心ドキドキしながらその距離を縮めた。
「じゃあ……」
 そっと沖の顔が近づいてくる。少しだけ赤く上気した頬が愛しくて見ていたくて、もったいないと思いながらも、阿部は目を閉じる。
 かさっとした冷たい感触を味わっていたいのはお互い同じなのか、いつもより長めに口付けたあと、離れがたい想いを抱えながらゆっくりと唇を離した。
「なんか今、すっげー押し倒したい気分」
「ちょっ、え、それはムリ!」
 冗談とも本音ともつかない呟きに瞬時に反応して、沖は慌てて後ろへ飛びのく。
 折角勇気を出してキスをしてくれても、その後の反応がこれじゃあ……と、阿部は少し、いやかなり打ちひしがれた。
「でも、本当にお前からはなんかねえの?」
「ないよ」
 事も無げにそういわれると、先ほど落とした肩がまた下がる。
「みんなで選んだ阿部のためのプレゼント。それだけ貰えば充分だろ?」
 誕生日プレゼントと称して渡された紙袋は、部員全員で選んだらしく、帰ってからのお楽しみだよ!と、その場で開けることは許されなくてまだ中身を知らない。
 確かに、同じ目標に向かって共に突き進む仲間から祝いのプレゼントを貰えた事、こうしてみんなに囲まれて祝福してもらえることは、本当に嬉しくて感謝してもし足りないくらいだ。
 だが、今の阿部には特別な存在がいるわけで、更に高望みをしてしまうのは仕方のないことだとも思うのだ。
「そりゃそうだけど……」
「欲は来年の春までとっとこうぜ」
「普通、野球とこっちとは別じゃねえ?」
 野球以外に欲などないと思っていた昔の自分が聞いたら、きっと呆れ返るだろう。
「う、ええ? やだなあ、そういうのを我がままって言うんだよ」
「ああ、オレすげえ我がままなんだ」
「なにそれ開き直り? 最悪じゃん」
「うるせえよ」
 歩を進める度に、手にしたコンビニのビニール袋がガサガサ揺れて静寂の中に響く。
 小言を言い合いながらも、一緒にいられる時間がもったいなくて、目的地までの距離を、大切に大切に二人は歩いた。



 実際は忘年会がメインで誕生祝いはそのついでです。
 先生辺りにその台詞を言わせようとしたけど、あまりに阿部が不憫なので止めました。
 こんな誕生会なんて、三橋っきりだとは思うのですが……。


2009.12
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