渡り廊下で



「秋だねえ」
 特別棟と教室棟の間に立つイチョウの木を見て感慨深そうに栄口は呟いた。三階の渡り廊下にいる彼からは、黄色く色付くそれを見下げた格好になる。風が吹く度にわさわさ揺れて、舞い上がった葉が飛んでくる。時々顔に当たってちくりとした。
「桜も綺麗だけど、これはこれで綺麗だね。」
 頭についたイチョウの葉を取りつつ言うのは、隣りで外を眺める篠岡だ。
 ふわっとしたくせのある髪が、風が吹く度に揺れて視界に入ってくる。初めて会った時から比べて、大分髪が伸びたと思う。夏の間は部活中じゃなくても髪を結わえていたが、涼しくなってきてからは、それ以外ではおろしていることも多くなった。
 時々、湿気が多い日などは髪の毛がすごいことになっていたりもするが、当分髪を切る予定は無いらしい。
「銀杏好き?」
「え?」
 ぼんやりと、どこまで髪を伸ばすのかなと考えていた栄口は、唐突な質問に頭がついて行かなかった。いかにも意味が分かりませんといった顔をしていたのか、篠岡はもう一度ゆっくりと同じ質問をした。
「……銀杏、ねえ」
「茶碗蒸しに入ってる」
「あれも好みがあるからなー」
「私はちょっと苦手、というか食わず嫌い」
 篠岡は手にしていたイチョウの葉を、腕を伸ばして下へと落とす。葉っぱはくるくると回りながらゆっくりと落ちていく。子供の頃、こうやってヘリコプターって遊んだなあ、と、栄口はぼんやり考えながら、沈黙が暗に自分の返答を待っているように感じて口を開いた。
「駅前のさ、イチョウの木あるじゃん? 大量の銀杏が落ちて踏まれて異臭を放ってるの、あれ見るとなんか駄目。美味いよって言われてもなんか駄目」
「ああ、分かる。結構匂いきついよね、あれ。茹でたのとか見ると美味しそうなんだけどねー」
「ていうか、何で銀杏?」
「え? あ、あーあのね、明日調理実習で茶碗蒸し作るの。それで、銀杏を入れるか入れないかの話になって、イチョウの木見てたらそれ思い出して。」
 自分の中だけで筋立てて話を進めていたことに決まりが悪くなったのか、篠岡はふわっとしたくせのある髪に指を突っ込んでぽりぽりかいた。
 どうやら7組は明日調理実習で、その中で茶碗蒸しを作ることになっているらしい。栄口のクラスは、篠岡のところよりも家庭科の進み具合は遅かったはずで、記憶をたぐり寄せれば確かに、次の実習は茶碗蒸しを作るとなっていた気がする。
 たぶん自分の班は教科書通りに作るだろうから、材料の中に銀杏があれば入れるだろうし、なければおそらく入れないだろう。そんな小さなことで話し合いになるのは、几帳面というか女の子らしい。
「で、どうなったの?」
「もちろん、いれるよ」
「何で、嫌いなのに?」
「友達のうちでね、銀杏いっぱい貰ったんだって。そのこは銀杏が好きで、美味しいから美味しいからって言うの。結局は押し切られた感じになったんだけど、でもそこまで言うのなら、少しは食べてみても良いかなって」
「……嫌いなのに?」
「だから食わず嫌いなんだってば」
 栄口くん話聞いてたー? そう言ってまだ日焼けの色が抜けない肌の手で、栄口の頭を小突く。
「いっぱい作ったらおすそ分けくれる?」
「あはは、無理だよ。お茶碗人数分しかないもの」
「……ですよねー」
 冗談めかして言ってみるものの、からっとした笑いで返されると、別に大真面目に懇願したわけではないのに何故か気恥ずかしくなる。
「あ、でもたくさん余ったらおすそ分けできるかも!」
「ええ?」
「銀杏ならね!」
「んー……、それはちょっと遠慮しておこうかな」
 遠い目をして答える栄口を見て、彼女はまた、あははと軽く笑って見せた。その弾みに癖のある栗色の髪が柔らかく揺れる。
 ふわっと揺れた瞬間に、思わず触ってみたい衝動に駆られる時があるがそれだけで、水谷や田島のように気軽に触れることは出来ない。
 性格の違いとか、そういうわけでもないのだろうが。ただ一緒に入れればそれで良いと思えるだけだ。
 だから、もう少しここで篠岡と二人、少しひんやりとした秋風に身を任せていようと思った。



 秋が好きなので。
 栄口→千代でも逆でもないお友達話です。ただ一緒にいるだけでホッとする人っているよねっていう。


2009.9
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