おてがみ



「なあ、沖の誕生日っていつ?」
 昼休みも終盤、グラウンドの草むしりから戻ってきた篠岡の前に立つなり、水谷は開口一番そう質問した。
「……20日だけど?」
 一瞬面食らったような顔をしながらも、求める答えは返ってきたのだが、
「……、や、そうじゃなくてさ」
「ん、ああ、ごめんね。今月の20日だよ」
 いろいろすっ飛ばしていたことを詫びつつも、篠岡はすぐに答えを渡してくれた。さすがは色々知っているマネジである。
「え!? ってもうすぐじゃん!」
「うん」
「なんだよー」
 ふうっと力が抜けて、水谷は思わず机に腕を引っ掛けながら沈んだ。昨日の練習の片付け中に、西広が沖の誕生日がどうのと言っているのが聞こえてきたので、ずっと気になっていたのだ。
「ええっ? なんだ水谷くん知らなかったの? 二人仲良いから知ってるんだと思ってた」
 そう、水谷と沖は仲が良い。水谷は割りに誰とでも仲良くなれる人柄の持ち主だが、こと沖に関してはむしろそれ以上なんじゃないかと思える時がある。
 一緒に遊びに行くし、たまに三組に行って弁当も食べるし―無論、西広も一緒だが―、何となく二人、手を繋いで帰ったこともある。好きとか特別とか、そういうものは気にしないようにしているが、それでも会話の端に聞こえた誕生日だけはどうしても気になってしまった。
「仲良くてもそこまでは知りませんよー、知らなかったんだよー」
「あーあ、男の子ってあんまりそういうの興味ないか」
 ふふっ、と篠岡が柔らかく笑う。ああ、可愛いな、なんて水谷は思った。
 何故西広は知っていたのかということは、この際考えないことにする。
「まあねえ、多分向こうも俺の誕生日なんて知らないと思うけど」
「そんなもんなんだ?」
「そんなもんですよ?」
 篠岡が意外そうに言うが、改めて考えるとそれもそれで切ない。
「教えてくれてあんがとなー」
「どういたしまして」
 5限目の予鈴が鳴ったところで、水谷は軽く手を上げて自分の席に戻った。


「何だよもうすぐかよ」
 言えばいいのに、沖の奴。そう考えてすぐに、沖は自分の誕生日なんてむやみにひけらかすような奴じゃなかったと思い直す。
「だけどさ」
「だけどなんだよ」
「ひっ……!!!」
 独り言を呟いた瞬間、背後から低い声で同じ台詞が聞こえてきて、水谷は声を詰まらせながら飛び上がる。
「なにやってんだお前」
 振り返ると呆れ顔の阿部が立っていた。相変わらず無意識に悪い顔をしている。
「な、んだよあべ……!」
「なにビビッてんの?」
「お前のせいだろ!?」
「はあ?」
「で、なんだよ?」
 本気で分かっていない阿部を恨めしく思いながら、水谷は不機嫌そうに机に頬杖をついて相手を見上げた。だが、その態度が癪に障ったらしく、阿部の眉間に皺が寄る。
 ひくひく薄ら笑いをしながら、阿部は廊下を指差した。
「沖が呼んでんだけど」
「……え?」
 思わず頬が手からずり落ちそうになるが、堪えて指差す方を見れば、確かに沖が時計を気にしながら軽く手を上げている。
「わあ、びびった。どうしたん?」
「どしたんじゃないよ、午前中に貸した教科書返してくんないかな? 5限目俺ら現国なんだよ〜!」
 はたと水谷は思い返した。そういえば、確かに2限くらいに借りに行った記憶がある。その後、体育だ昼だなんだで忘れてしまっていた。
 たぶん、この教科の教科書を借りるのは5回目くらいになる。借り過ぎかなとは思うが、3組は現国の進みが早くそれに加え野球部無敵の先生がいるおかげか、要所要所にチェックと説明がなされており、水谷としても助かっているのだ。
「でっ!!」
 突然後頭部に衝撃が走る。
「水谷てめえ、もたもたしてねえで早く返してやれよ!」
 いつの間にか、机から勝手に引っ張り出してきた、沖の教科書を持って阿部が立っていた。
 あれ? いま俺の頭叩いた教科書って……?
「も、もういいよ、阿部、それちょうだい」
 目の前で見ていた沖はちょっとびびったようだった。だがこれが、7組の日常だ。
「はあ、俺も3組に生まれたかった……」
「ああ? なにキモイこと言ってんだ」
 阿部の突っ込みは鋭い。おまけにひどい。相手が言葉でどれだけ傷つくのかなんて、考えもしないとこが更に腹が立つ。
 まあ、そんなこと、口が裂けても言えないのだが。
「や、二人とも落ち着いて」
「これが日常だから別に慰めなんていらないんだよー」
「え、ええー?」
「それより沖、そろそろ戻らないと本鈴鳴るぞ」
「ほんとだやべっ」
 沖は時計と教科書と目の前の二人を見ると慌てて窓の柵から離れ走り出した。が、途端に引き返し、水谷の前に折りたたまれた紙を突き出す。
「あ、水谷これっ」
「なに?」
 渡すが早く、沖はあっという間に遠くなった。
 残されたのは、呆気にとられ紙を持って立ち尽くす水谷と阿部。
「ラブレター?」
「お前、何言ってんの?」
 こんなの初めてだ。本当にラブレターだったらどうしようと、机に戻りドキドキしながら、先ほど渡された紙を開いてみる。
―そろそろ自分の教科書持ってきてください
「………………」
 水谷は紙を開いたまま数秒固まった。石化してさらさら砂になっていくかのような気分だ。
 わあ、借りまくってたもんなあ……当然っちゃ当然だけど。
 だが、文章にはまだ続きがあった。
―今度の月曜は休みだから、買い物付き合って
 思わず頬が手から滑り落ちた。
 たぶん沖は、水谷が自分の誕生日を知ってしまったことに気付いていない。というか、知らないのだろう。教えられてもいないし、聞いてもいないのだから。
 これってデートのお誘いだよなあ?
 水谷は勝手に緩みそうな口元を押さえながら、沖からのラブレターを大事にクリアファイルにしまった。



お互い気になるんだけど、一歩踏み出せない関係です。水沖はほんわかカップルが良い。
メールと手紙で迷いましたが、教科書ついでに渡してしまえばすぐ読んでくれるし……という発想で。時間ギリに来たのは、渡したら素早く立ち去るため。
変に意気地のない沖です。


2009.7


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