ドキドキすること



 じめじめした部室で暇つぶしに本を読んでいたら、突然背中に軽い衝撃と熱が伝わってきた。
「ちょっとだけでいいから背中かして」
「ん、え!?」
 何事かと思ったら、後ろで授業の課題をこなしていた阿部が、さっきまで広がっていたノートと教科書はそのままに、沖の背中にもたれ掛かっている。今、部室には二人しかいない。
 西広が日直で沖だけ先に来たら、なんの偶然か部室に、いま背中にもたれ掛かっている男がいた。
 たった三畳ほどの狭い部室。先にグラウンドに出ることも考えたが、課題を進めている阿部を見て、なんとなく一緒にみんなを待とうと思ったのだ。
「ここんとこデータ整理やってて寝不足なんだよ」
もっともらしくも、納得のいかない理由に沖は眉をしかめた。
「はあ? だったら床で寝ろよ」
「だって頭汚れんだもん」
 阿部はさらりと答える。
 室内のじめじめ感と背中のもわんとした熱に、沖の眉はますますゆがんだ。
「洗えばいいじゃん」
「めんどくせー……」
「じゃあ、ちょっと払えばいいじゃん」
「めんどくせー……」
 投げやりな堂々巡りの答えに、沖はそういえばと、軽く後ろを振り返った。
 沖の知る阿部という男は、もっとこう、神経質だったような気がする。
「……阿部ってそんなにめんどくさがりだったっけ?」
「いいから黙ってかせよ……!」
 別に都合の悪い質問でもないだろうに、阿部は気に入らないといった風に、沖の背中に頭をぶつけた。
 なんだよ、と思う。
 俺はお前のソファーじゃないんだぞ!
 しかし、沖にはそのようなことを言う勇気もないので、別の言葉で遠まわしに文句を伝えてみることにした。
「俺さ、控えでもピッチャーなんだけどな」
「うるせえなあ、分かってるっつの」
 返ってきた言葉には怒気が含まれているような気もしたが、睡魔が勝るのか、声色は先ほどよりも落ち着いている。沖はそれをいいことに、更に言葉をつなげてみることにした。
「ほ、ほんとに分かってんのー?」
 内心はドキドキしている。もし彼の睡眠を妨げたり機嫌を損ねたりしたら、助けの全くないこの状況で自分は一体どうなってしまうのか。考えたくもない。
「だから肩は避けてんじゃん」
「ふ、ふーん……」
 以外にも普通の答えに拍子抜けする。
 なあんだ。
 怖がる必要なんてなかった。変にびくびくしてしまった自分が情けなくてため息をつく。
 沖はそのまま読みかけの本を開き、続きを探しながらふと、先ほどの阿部の言葉を反芻する。何か引っかかることがある。
 もし自分が投手でなかったら、もたれる場所に気を使う必要なんてない。もし自分が投手でなかったら、阿部はどうするつもりだったのだろう?
「え、そ、それって俺がピッチャーじゃなかったら肩に……」
 自分なりの考えに行き着いて、沖は一人焦って後ろを振り返るが、聞こえるのは軽い寝息だけ。
「って、寝てるし」
 じめじめした室内、背中に感じる熱、高揚する気持ち。
 このドキドキは、恐怖以外のものだということに、沖は気がつかないふりをした。



 友愛ともつかないどきどきを書きたかったので。
 沖が投手じゃなかったら肩によっかかりますよ、この男は。そして阿部うぜーとか思われます。
 どちらかというと、阿部→沖です。片想いは良いね。


2009.6
ブラウザバックでお願いします