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水たまりのグラウンド 教室の窓から見えるグラウンドを見て、投げたいな、と思う。 でもそれと同時に、そんなこと言ったら阿部くんに怒られるな、とも思う。 少しだけすかした窓の外からは、雨の日独特の土臭い匂いがする。蒸した空気と雨で冷やされた空気が混ざって何となく気持ち悪い。毎回眠くなる古典の授業中と相まって、三橋は机に突っ伏してしまいたい衝動に駆られた。 室内練習場のない西浦では、こういう天気の悪い日の練習をとにかく空いている場所で行っている。体育館のギャラリーを何往復もしたり、渡り廊下の柱に紐を縛って肩の筋肉をつけるトレーニングをしたりと、その種類はさまざまだ。 それでも、グラウンドに立っている時のそれとは全く違う。 足元から伝わってくる熱、地面のでこぼこ、むせかえる砂埃、じりじりと侵食する陽射し。梅雨に入ってからというもの、時々薄曇りの日はあるものの雨の日が殆どで、多分4,5日はずっと外に出ていない。朝の教室で、田島と二人で恨めしそうに空を見上げるのが日課になりつつある。 教室の黒板の脇に飾ってあるてるてる坊主は浜田の自作だ。雨が降るたびに外を黙って見続ける二人を見るに耐えかねて作ってくれた。少し前には田島も作ったのだが、子供が良くやるようにティッシュを丸めて作ったため、外に吊るしたてるてる坊主は次の日には見るも無残な姿になっていたのである。 裁縫が得意な浜田のものは、きちんと布で作ってあって形もきれいだ。意外とクラス内でも評判が良くて、気付けば目立つところに飾られていた。何故か家庭科の先生にも褒められ、今や9組を代表する芸術品である。 「三橋、みーはーし。」 それでも雨はやまないなあ。そんなぼんやりとした思考は突然絶たれる。 「う、わっ?」 「何だよ、授業終わったぞー。」 いつの間に眠ってしまったのか、肩を揺らしていたのは浜田だった。 「浜ちゃん、何で。」 「はあ? おい、大丈夫か? 次移動だぞ。」 野球部が朝早くから夜遅くまで練習していることを知っている浜田は、心配そうな顔で苦笑している。天候が良くなくて朝練もままならないここ数日でもそれは変わらない。 「い、急いで用意、するっ。」 「慌てなくていーよ。」 待たせてしまう、迷惑をかけるという発想の三橋は、浜田の言葉が耳に入らないようであたふたと教科書を出し入れしている。それも分かってはいるので浜田はそれ以上口を挟まない。 「三橋、いこーぜ。」 「うわっとっでっ!」 目の前にいたはずの浜田が鈍い音を立てて突然沈む。一瞬、田島が降って来たのかと思った。飛びついたのか押さえつけたのかは分からないが、浜田見事に押し潰されていて、田島がにやっと笑っている。 「お前何やってんの?」 上にのしかかった田島をつまみ上げてそれを救い出したのは泉だ。思い切り顔面を机に打ちつけたらしく、鼻を押さえて涙目になっている。泉に後ろ襟を掴まれたまま田島がその顔をのぞく。 「だいじょーぶか?」 「おっまえがやったんだろ!」 「あれ、ぶつけた?」 「鼻をモロにな!」 「わりーな。」 「うっわ、感情こもってねー!」 自分の目の前で繰り広げられる光景に三橋は準備が出来たことを言い出せない。仲良くじゃれ合う浜田と田島を眺め、半分羨ましいと思いながら教科書を持つ手に力を込める。混ざりたい訳ではないのだが未だたどたどしい会話しか出来ない自分がもどかしい。 「あ、三橋準備出来た?」 泉に話し掛けられ勢い良く上下に頭を振る。 「あんまり振り過ぎるとおかしくするぜ?」 「あ、うん、へーき。」 「もうあの馬鹿二人は放っておいてさっさと行こうぜ。」 「いいの?」 「いいのいいの。構って遅れんのやだし。」 見ればまだ何か言い争っている。ケンカ、ではないのだろう。むしろ楽しんでるように見える。 湿気の多い廊下は壁も床も薄く濡れていて、何人もの人間が通り、その足跡が黒く汚くなっている。気を付けないと滑るので、三橋には阿部より直々に廊下を走るなという約束事が下されている。おそらく泉があの二人のじゃれあいに三橋を参加させないのは、この阿部の決めた決まりごとを破った暁に何が待っているか分からない、というのが大半占めているからに違いない。 階段を下りかけようとしたときに突然強い力で後ろへと引っ張られる。足を踏み出す前だったので、不自然によろけながら三橋はバランスを失った。それでも体に衝撃はなく、何か硬くて柔らかいものに支えられる。 「ばっかかお前! あぶねーだろーが!」 「怪我でもしたらどうすんだよ!」 浜田と泉の怒声が聞こえる。 「おう、ごめんなー。」 倒れかけた三橋を支えていたのは田島だった。相変わらず悪びれた様子はない。 「な、三橋外見た!?」 「そ、そと??」 「何だ見てねーのかよ。来いよ!」 「え? うおっ!」 真っ直ぐ立たされたかと思うと今度は、勢い良く手を引っ張られ階段を駆け下りる。あまりのことに、三橋はばらばらと教科書やペンケースを手放してしまったが田島は気にした風でもない。後ろから聞こえる浜田と泉の声など聞く余裕もなく、三橋は階段を踏み外すまいと必死に踏ん張った。 「たっ、たじっ……!!」 4階から一気に1階まで駆け下り、それでも止まることなく廊下を駆け抜けてたどり着いたのは、校舎から体育館へ続く渡り廊下だった。ここからは、グラウンドが良く見渡せる。 いくら部の練習で鍛えているとはいえ、これだけノンストップで走ると息が切れる。三橋は荒れた息を整えきれずに思わずしゃがみこんだ。 「三橋、見てみろよ!」 あれだけ走ったというのに田島の声は明るい。肩で大きく息をしながら顔を上げた三橋はそのまま疲れも忘れて動きを止めた。 「な?」 雨がやんでいる。 「さっき教室の窓から見えたんだ。今日は外でやれっかどうか分かんねーけど、雨、やんだぞ。」 「……も、もしかして、これ……の、ために?」 「三橋、最近すげー憂鬱そうな顔してたからさ。これで明日も晴れたらまた外で野球できるな。元気出たかー?」 自分に向けられた笑顔に三橋は思わず泣きそうになる。このところの雨続きで憂鬱そうにしていたのは田島も同じだ。同じだったからこそ、嬉しさを共有したかったのだろうか。 「動かさないよりましだけど、ずっと中ってのも体なまっていけねーなー。」 「明日も……。」 「ん?」 「明日も、晴れると良いね。」 「そうだな!」 三橋は泣くのをやめて精一杯の笑顔で笑う。 雲の切れ間から太陽の日が射し始め、嬉しそうにグラウンドを眺める二人を照らす。校舎からは授業開始の合図が鳴り続けているが、今の時間がもったいなくて、どちらも動こうとはしなかった。 水たまりのグラウンドが太陽の日を受けて、きらきらととても綺麗に輝いている。 お題をお借りして書いたもの、だった……気がする。 室内練習は学生時代に野球部が行っていた練習そのままです。実際は体育館裏の柱使ってましたが。 まとまりのない文ですみません……。 2005.5頃 |