少し先の未来で


 久しぶりに球場に西浦高校硬式野球部の部員が顔を揃える。
 ただいつもと違うのは、ユニフォームから私服に替わり、一般者用の入口にいることだ。
「おめーら相変わらず変わんねえな」
「そりゃ、卒業してまだ半年も経ってないもんね」
 そう、彼らは在校生ではなく卒業生としてこの場にいるのである。
 花井の発案で、夏大の県予選が始まり一度集まろうという話になったのだ。
「でも結局全員揃わなかったな」
「仕方ねえだろ、それは」
「うん、まだ4ヶ月くらいしかないのに、こんなに予定が合わないもんなんだ……」
 それでも、篠岡を含め8人ほどが集まった。
 今日は後輩の試合を観戦しに来たのだ。
「でも俺は、しのーかに会えてちょっと嬉しい」
 そうぼそりと呟いたのは誰だったのか、阿部は元部員の中の茶色の頭を見やった。
 彼の彼女に対する想いは、皆知っているが知らないふりをするのが暗黙のルールだった。
 そんなことですら、卒業した今となっては懐かしく感じることに、阿部は不思議な気持ちになった。
「なあ、か……お、っと」
 球場に入る前にパンフレットをどうするか相談するため、後ろにいるであろう人物に、いつものように声をかけようとして思わず言葉が詰まる。
 振り向いて目が合うと、沖は目を細めてにこやかに首をかしげた。
 聞こえていたであろうに、言葉に詰まった理由を理解してか、目線でその先を促す。
「あ、や、パンフ……レット、どうすっか」
「せっかくだし、買うよ」
「そっか……じゃあ、一緒に行くか」
「うん」
 気まずさに頭をがりがり掻いていると、
「ちょっとオレら、パンフ買って来るね」
 そういって、沖は阿部の腕を掴んで皆の輪を抜け出す。
 高校時代には絶対になかった手を引くという行為に、阿部は目を丸くして驚くが、誰も何も気にした様子はない。
 4ヶ月前であったらきっと訝しげに見られていたであろうに、卒業とはこんなものなのだろうか。
「悪かったよ」
「え、何が?」
「……その、名前」
 目線を逸らしながら言うと沖は、なんだそんなことと笑う。
「案外誰も気にしないかもしれないよ」
「そういうもんすかね」
「そういうもんっすよ」
 それでも、今の二人の当たり前のように、皆の前で名前で呼び合う日は、そうすぐには来ないのではないかと阿部は思った。


拍手お礼小話。

2013.12


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