あいあい傘


「雪が降るなんて、聞いてないんですけど……!」
 待ち合わせ場所の近くのコンビニの入口に立って、沖は身体を震わせながら店内の時計と睨めっこをしていた。
 本当は決めた時間より早く来てしまったので、中で立ち読みをしていたのだが、彼が来た時に探させては申し訳ないと、すぐ分かるように外へ出てきたのだ。
 だが、時間を過ぎても彼は現れる様子もなく、沖はただただ苛立ちを募らせながら震えて立っているのだった。
 家を出てくるときにはどんよりとした曇り空だったのに、こういうときだけ予報は当たるもので、待ち合わせ場所について程なくして雪が降り出してしまった。
「早く来てよー、あべのばかばかばかばかばかばかばかばか……!!」
 両腕でゆっくりと冷えていく体を包んで、ガタガタと震える。
 いつもなら、時間にうるさいくらいの彼が遅れることなんてまずないのに、今日はとても珍しい。
 もう一度、店内の時計をちらりと見て、待ち合わせの時刻を10分も過ぎていることに気づくと、さすがにイライラしていた沖は不安を覚えるようになって来た。
 そもそも、たまには二人で遊びに行こうぜと提案したのは彼で、時間と待ち合わせ場所を指定したのも彼だった。
「……まさか事故とか、や、まさかね」
 このコンビニはちょうど自分と彼の自宅の中間地点にある店だ。なので来るとしたら自転車か、徒歩だろうと思う。
 いつの時点で出発しているのかは分からないが、これだけ雪が降りしきっていては、自転車で来るのは危ないのではないかと思う。
「メール……、うん、電話の方が良いかな」
 さすがにこれでは遅すぎるので、上着のポケットから携帯電話を取り出すと、寒くて震える手でアドレス帳を開く。
 カチカチとボタンを押して程なく名前が出てくる。
 あいうえお順で表示させているので、大抵は先頭付近ですぐ出てくるのだ。
「探すよか楽で良いけど、……」
 ため息を吐きながら発信ボタンを押しかけた時、降りしきる雪の向こうに見慣れたつんつん頭が走ってくるのが見えて、沖は慌てて携帯をポケットにしまいこんだ。
 さっきまで胸の中にぐるぐると渦巻いていたイライラや不安はあっという間にどこかへ行ってしまった。
 それもそのはず、どういうわけか彼はこの雪の中、傘も差さず合羽も着ず、徒歩でやってきたのである。
「わりい! すげー待っただろ、ごめん!」
「や、うん、……え?」
 短い髪の上に雪を積もらせながら、阿部は開口一番謝罪の言葉を口にした。
 だが、今の沖にはそのようなことはどうでも良く、何故現在の天候に似つかわしくない状態でやってきたのか、全く理解できずにいた。
「お前、馬鹿じゃないの……?」
「なんで」
「なんでって、雪振ってんのにそのまま来るとか、風邪引いたらどうすんの」
「……ああ、それは」
 阿部は少し言いにくそうに目線を逸らしたら、負けじと黙って見つめるとすぐに折れて、気まずそうに訳を話し始めた。
「俺らっていつも自転車とかで通学してるから、たまにはバスに乗ってみてえなと思って乗ったんだ」
「……この距離を?」
「その、まあ、いつも使ってる傘があんだけどさ、降りる時に……」
 さすがにここまで聞いてオチは読めてしまったが、こみ上げそうな笑いを堪えて、沖は黙って阿部を見つめる。
「置いてきた」
「ぶっ、あはははは!!」
「てめえ笑うんじゃねえよ!!」
 よほどその行為が恥ずかしかったのか、耐え切れずに噴出した沖のマフラーを掴んで捻りあげる。
 だが、何故か急に阿部はその手を離してしまった。
「あはっ、ははは……?」
「顔、冷たいな」
 突然真顔になった阿部に沖は言葉を投げかけようとするが、それよりも早く、ふわりと暖かいものが頬に触れる。
 ずっと外で待っていた沖の手は氷のように冷たいのに、同じように外にいた阿部の手は、必死で走った分、熱を帯びて熱いくらいだった。
「次は、気をつける」
「……うん」
 ここが人の往来するコンビニの入口のまん前であるということも忘れて、しばらくの間、阿部は両手で沖のすっかり冷えてしまった頬を暖め続けた。
 振り続ける雪の中、傘をなくしては移動は出来ない。
 なくても歩けるが、風邪を引いてしまうだろう。
 念のためと持ってきた傘が役に立つ事態となり、喜んでいいのかどうか沖は困った。



拍手お礼小話だった阿部×沖。


2011.11


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