ドキドキすること 〜阿部視点〜



 狭い室内に男二人というのは、暑苦しくて嫌になる。
 他の奴らを待つ間だけでもと、教科書とノートを広げてみたはいいが、流石にもう集中できない。ましてや、すぐにグラウンドに出て行くだろうと思っていた沖が、何故かまだいる。
 狭い室内に沖と二人きり。頭に浮かんだ言葉を反芻して、阿部は軽くため息をついた。
 雰囲気とか性格とかどこか三橋と似ているのに、でもどこも全然似ていない。ここ最近、沖が気になって仕方がないのだ。
 こいつはなんで俺と一緒にここにいんの?
 阿部の頭に疑問符が浮かび、そんなことを考えていたら連日のデータ整理の疲れからか睡魔が襲ってきた。
「ちょっとだけでいいから背中かして」
 目の前の沖の背中が柔らかそうで、心地よさそうで、気がつくとその背中に寄りかかりながらそんな言葉を口走っていた。
「ん、え!?」
 ああ、と思った瞬間にはもう遅く、当然のように面食らった声色の沖が硬直している。よほど想定外のことだったのか、持っていた本はその手から滑り落ちていた。可哀想に拾うことすら出来ないでいる。
 少し考えて、阿部は旨い言い訳の言葉を頭の中に並べた。
「ここんとこデータ整理やってて寝不足なんだよ」
もっともらしく言ったつもりだが、沖は納得がいかないようだ。
「はあ? だったら床で寝ろよ」
「だって頭汚れんだもん」
 当然の答えに反論はするりと出てくる。しかし、まだまだ納得出来ないらしく、非難が矢継ぎ早に飛んでくる。
「洗えばいいじゃん」
「めんどくせー……」
「じゃあ、ちょっと払えばいいじゃん」
「めんどくせー……」
 頑として拒否をし続ける相手に、なんだか引き返す気が起こらず、ついついむきになってしまった。
 らしくないと思いながらも、こうなったら意地でも沖の背中で寝てやりたいとの変な決意が沸いてくる。
 さて、次はどんな風に言いくるめてやろうかと考えをめぐらせていると、沖がふと不思議そうに訊ねてきた。
「……阿部ってそんなにめんどくさがりだったっけ?」
 瞬間、阿部は心の中が見透かされたようで、自分の頭に血が上るのがはっきりと分かった。
「いいから黙ってかせよ……!」
 思わず頭を沖の背中にぶつけてしまう。
 うわ、俺最悪だ、何やってんだ……。ただ、沖の背中で眠りたいだけなのに……。
 八つ当たりのような自分の行動に、阿部が心の中で頭を抱えてくると、沖がぼそっと呟いた。
「俺さ、控えでもピッチャーなんだけどな」
 その言葉に、急に肩の力が抜けていく。
 そして、なんだか沖らしくないと思ってしまう。投手に対してそれほどこだわりを持たない沖は、普段もっと自分を労わって欲しいなんて、言葉や態度で示したことがない。
 阿部だって、それくらいは重々承知している。
「うるせえなあ、分かってるっつの」
 また怯えさしたかな? と薄目を開けて様子を伺うが、残念、阿部の位置から相手の顔色を伺う事は出来なかった。
「ほ、ほんとに分かってんのー?」
 何に納得いかないのか分からないが、沖はしつこく食い下がる。
 こういうやり取りも何だか新鮮で、良いなと思ってしまう。
「だから肩は避けてんじゃん」
「ふ、ふーん……」
 無意識にそう答えてから、これって意味の取り様によってはまるで、沖が投手じゃなかったら肩に寄りかかりたかったみたいになるなと、阿部はぼんやり考えた。
 まあ、別に間違いでもないんだけど、と思ったことは黙っておこうと心に決めた。




拍手お礼小話だった、テキストにある「ドキドキ……」の阿部視点です。
阿部が意識し始めくらいで読んで頂けると助かります。

2009.10


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