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「だから、……」 阿部は思わず沖のワイシャツの袖を掴んだ。立ち去りかけた沖は、突然の彼の行動に対応できなかったらしく、後ろへ倒れそうになる。苛立ちと勢いに任せた行動だ。その証拠に、沖は口を半開きにして、呆気に取られた様子で阿部を見ている。 「……な、なに?」 怪訝な声をかけられるが、それでも若干怯えたような声色は沖の臆病な性格ゆえだ。それをよく理解しているから余計にやるせない。こんな惨めな思いをする為に引き止めたわけではない。 まさかこんな展開になるなんて、さすがの阿部も予想はしていなかった。 俺のことが好きで、挙句あの無理矢理してしまったアレを思い出にしたいだって? 本当のところ、もう口さえ聞いてもらえないものと覚悟していたのだ。いや、それだけではすまないかもと、一人思考をぐでんぐでんに回していたのに。 「あ、あべ?」 自分を引きとめたものの、一向に会話を切り出す気配のない阿部を、沖は心配そうに覗き込む。こういう時ほどこの身長差を恨んだ事はない。 俯いている阿部の顔はおそらく、彼とほぼ同じ身長の沖には見えているのだろう。たぶんとても、情けない顔をしている。 「……い、言いたくないなら、無理しなくていいよ。このままがいいなら、落ち着くまで、付き合うから」 思わず掴んだその手に力がこもる。 沖の表情が穏やかになるのが気配で分かった。 こいつには勝てない。 阿部は時々そう思う。三橋と同じようにオドオドして顔色を伺うのに、彼と違ってマウンドにしがみつく勇気もないただの臆病者の癖に、変なところで食らいついて自分の心をこんなにも振り回す。 鷲づかみにして離れない特別な何かが、沖にはある。 「い……や、言いたくないとかじゃなくて……」 「うん?」 「お前は、それで良いのか?」 「え?」 いらついて顔を上げると、何を言ってるのか分からないといった沖の表情とぶつかって、余計にいらつく。 相手に余裕があるわけではないことは、良く知っている。三橋の気持ちは良く分かるくせに、こういう肝心なところが時々抜けている。気持ちを察して欲しいという阿部の願いは、彼の表情の前に脆くも崩れ去った。 「だから、……男に好かれて告られてそれを受け入れるなんておまえそれは男としてどうなんだ?」 句読点を付けずに言いたいことを一気に話す。そうでもしないと、挫けた気持ちがそのままになってしまいそうだった。 「……」 それでも、さすがに阿部の言いたいことは相手に伝わったらしい。袖を掴まれたまま、沖は悲しそうな顔になった。 「それ本気で言ってるの?」 「そうだよ」 その返答に軽く溜息をつく。 「じゃ、じゃあ、言わせて貰うけど、……お、男を好いてキスして挙句告ってお前こそそれは男としてどうなんだ?」 負けず劣らずの句読点なし攻撃に、逆に阿部はついて行けなかった。驚きながらもゆっくりとその意味を理解していく。そしてそれをもう一度反芻したとき、顔に血が上るのをはっきりと感じた。 「そ、れは……!」 思わず離した手を、今度は沖がしっかりと握り締める。いつかの時とは違い、その手はとても熱い。 「結局はお互い様で同じってことでしょ」 「同じじゃねえよ、気持ちの度合いが違う!」 「何だよ同じことだろ? お前は俺が好きで俺はお前が好きなんだから、度合いとかそんなの関係ないよ」 今まで自分が戸惑ってきた垣根を、沖は簡単に壊してくる。 こんな勇気を、彼が持ち合わせていたなんて、誰が想像できたであろうか。 「ふ、ふざけてるわけじゃあないからな。俺は真面目に言ってるんだ。そ、それとも、何? あれ全部、嘘?」 「嘘じゃない! でも、お前は優しいから、同情してるだけなんじゃないのかとか、断れないだけなんじゃないのかとか、とにかく不安で、不安でいっぱいで!」 情けないくらいに本音をさらしていることに途中で気付いたが、止められなかった。 「だっておかしいだろう? 俺、普通に女とか好きなのに、何で沖みたいな男に欲情しなけりゃなんねえのかって思うし。沖だって、俺みたいな男に迫られて良い気はしないだろう?」 自分の腕を握る手の力が強くなる。 「……ねえ、俺がお前に迫られて……嫌だなんて、いつ言ったよ」 「この間、俺のこと突き飛ばしたじゃねえか」 「この間……。というか、おそ、襲われた後じゃ、嫌も何もないと、思うんだけど」 沖の少し呆れた物言いに、阿部は再び顔に血が上る。もともと表情に出やすい方ではないのだが、沖には何となく伝わってしまったらしい。 「俺思うんだ、それの総称が好きってやつなんだって。あんまり他人に言えたものじゃないけどね……。でもさ、お互い好きなのに、分かっててそれを封印するの? それで阿部は満足したとして、俺の気持ちはどうなるの?」 「……沖は、……嫌じゃ、ねえの?」 沖の言葉の中に、痛みのようなものを感じた。それは多分、ずっと阿部が心の奥底で感じていたものと同じなのだと思う。封印出来たらどんなに良いだろうかと、彼を見る度にずっと思い続けてきた。 「俺は、阿部が好きだよ。……お前は?」 でもお互い同じ気持ちでいる今は、それは恐らく単なる逃げなのだ。目の前にいる沖は、阿部に対して、逃げることなく向かい合っている。仮に同じ気持ちでなかったとしても、沖はきっと逃げなかっただろう。 きっと今みたいに、沢山悩んで考えて、怯えながらも真っ直ぐに向かってきたはずだ。 ようやく何度となく消えかけた決心がつく。阿部は、自分の想い人を真っ直ぐに見据えた。 「俺も……沖が好きだ」 本当に気持ちを口にしたとき、心の中につかえていたものが消えた気がした。沖がいつもの笑みを見せている。阿部の好きなあの表情だ。 「ならそれで良いんじゃないかな。恋愛に理屈はいらないって、良く言うでしょう?」 「偏見とか、そういうのないんだな」 「そ、そりゃっ、俺だってそれなりに悩んださ。でも悩むだけ無駄だったんだよ。あの時、……お前にキスされた時、どっかでなるべくしてなったんだなって……こうなることを望んでたんだなって、思ったんだ」 沖の瞳は揺るがない。 強い思いが、視線を通して伝わってくる。一歩的に想いを伝えて逃げるなんて、卑怯なことはもうやめよう。真っ直ぐに、不器用に、歩み寄る努力をしよう。 阿部はゆっくりと沖の頬に手を寄せた。 「じゃあ、今度はちゃんと同意の上で、……キスしても良いか?」 視線を外さず、想い人の返事を待った。 お付き合い下さりありがとうございました。 積極的な沖と臆病な阿部という、立場が逆転!みたいになってしまいましたが……、二人ともいっぱいいっぱいになった結果がこれでした。もっと文章力が欲しいよ……。 真っ直ぐに不器用な恋をして欲しい。 2009.8 |