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あえて触れない あれだけ触れ合った熱がなくなっても人は案外平気なもので、最初の方こそ寂しさに負けてメールを送ってしまいそうになったが、煮え切らない関係が突然消えたことで泉は安堵すらしていた。 西広とだって、以前ほどではないが普通の会話を交わすくらいまでには、関係を修復出来たつもりだ。 事の発端となったあの二人だって、腫れ物にでも触るかのようにしてはいたが、特にこちらに干渉してくる様子はない。まあ、沖は西広に何かしら関わっているようだったけれど。 もっとも、それ以上のことには触れさせない空気を常に剥き出しにしているせいもある。 「泉、呼んでるぞ」 空になった弁当箱を無造作に包んでいると、トイレから戻ってきた浜田が廊下を指差しながら、目の前の席にどかっと座った。 残り少ない休み時間を睡眠に当てようと思っていた泉は、面倒臭そうに教室の入口へ顔を向けると、軽くこちらに手を挙げている人物にため息をついた。 「なんか用?」 こっちは特に用なんてないんだけど、と言葉に込めるが、自分を呼び出した相手―阿部―はさして気にした風でもなく、 「話あんだけど」 そういうとさっさと歩き出した。 自分の時間を勝手に削られることに納得が行かないが、とりあえず後を追う。 先を歩くその足に、後ろから蹴りでも一つ入れてやろうか。 階段を二つ降りて、教室棟と特別棟を繋ぐ渡り廊下に出たところで、阿部はようやく歩くのを止めた。この階の渡り廊下は他とは違って、壁がなく、外の空気が通り過ぎていく場所だ。 ここなら、多少込み入った話をしても声はすぐに流されて、他の生徒の耳に入る心配はないだろう。 「オレは別に他人のことなんてどうでも良いんだけど」 「……」 「とりあえず、はっきりさせろ」 「はあ?」 珍しく阿部が自分に会いに来て、話があると呼び出した時点で、その内容は分かっていた。 西広との件だ。 「めんどくせえんだよ、いつまでもギクシャクやられてっと。こっちまで気ぃ使うだろ」 その言葉に泉は気持ち悪そうに目を細めた。 コイツはいつから他人に対して気遣いの出来る男になったんだ? 「お前、自分の意思で来てねえな?」 「あ?」 「どうせ沖に聞いて来いって言われたんだろ? わざわざ頼み聞いて来るあたり、聞かなきゃやらせねーとでも言われた?」 「はあ?」 当てずっぽうで言ったのに明らかに動揺の色を見せるあたり、図星といったところか。 そんなに相手の頼みを聞いてまで欲を満たしたいのか、それとも意外とこの二人は沖の方が立場が上なのか、どちらにしろ自分の知ったことではない。 「もうさ、ほっといてくんねーかな。オレらはもう終わったの、迷惑かけて悪かったよ」 そもそも、西広とこんな関係になってしまった根本的な原因は沖と阿部にあるのだが、とにかく話を長引かせるのは得策ではないと直感的に思った。 気付きたくはない感情が、胸の奥から這い上がって来そうになる。 「でもそれ、ちゃんと西広に言ってねえだろ」 さっさと終わりにして教室に戻ろうと後ろを向いた背に刺さった言葉に、思わずその歩を止めてしまう。 沖と西広が同じクラスで親友であることが恨めしい。 確かにあの部室での一件のあと、暫くは口を聞かなかったし、ようやく普通に会話が出来るようになったからといって、今までのことにはあえて触れないように触れさせないようにしてきた。 自分ではもう終わったものと言い聞かせてはいるが、西広にきちんとそれを伝えてはいない。 「別れんのか続けんのか、そこんとこくらいきっちり二人で話し付けろ」 「つか、オレら付き合ってはいないんですけど?」 大体、西広だって馬鹿ではない。自分の言動や空気でそれくらいは察することが出来るはずだ。 もともと恋愛感情抜きの興味本位で始まったことだから、続けるとか終わりにするとか、話し合いをする必要はないわけで……。 いや、こうして沖経由で阿部からこういう話が出てくること自体、彼の中では終わってはいないのだろうか。 「そんなの関係ねえよ、ちゃんと話しろっつってんの」 「え、だってただのセフレみたいなもんじゃん」 「……お前、それ本気で言ってんの?」 思わず口をついて出た言葉に、阿部は驚いたように目を見開いた。予想外の言葉だったらしい。 だが、信じられないといった表情に、泉は少し混乱しかけていた。 「バレたら終わり、それだけのことだろ」 「……オレは他人事に首突っ込むの嫌だから乗り気はしなかったんだけど、言われてきて良かったよ」 呆れたようにため息をつくと、話はもう終わりなのか、阿部は教室棟の入口に向かい歩き始める。 「阿部?」 「お前のその考えが、相手にも通用すると思うなよ?」 すれ違い様に投げつけられた言葉は、胸の奥深くに刺さって体中を巡り、泉の頭の中で何度も何度も反響し続けた。 4人それぞれに考え方の温度差があったら良いと思います。 恋愛が絡むと一番相手の気持ちも周りの思いも自分の感情も分かっていないのが泉という感じで。 2010.4 |