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条件提示の甘さ 「やっぱりな」 右手を自分の利き手に絡ませながら阿部が呟く。 最初から分かっていたような呆れた物言いに、沖は無言で首をかしげ、分からないといった仕草をした。 ただ、今日の西広の様子と、自分の思うところとを話しただけなのだが、彼の中では合点がいったらしく話が少しだけすれ違う。 絡ませた指に少しだけ力を込めると、阿部はゆっくりと沖に視線を向けた。 「あいつら絶対なんかあるって思ってたんだよ」 「いつから気づいてたの?」 「それは良く分かんねえけど……、何かおかしいって思ったのは最近かな」 明確な理由はどうやらないらしく、相手の気持ちに鈍感な阿部にしては良く気づいたなと沖は思う。 言うと怒るから黙ってはいるが。 「……じゃあ、昨日オレが部室に行くとき付いて来たのは、それがあったからなんだ?」 「悪かったよ……」 おおよそのことを想定した上で同行していたことに、いじけた振りをして横目でちらりと相手を見やると、以外にも阿部は素直に謝罪の言葉を口にした。 気づいた段階で沖に伝えていれば、今回のことは起きなかったのかもしれない。 だが逆に考えれば、いつ誰かが来るとも限らない施錠されていない部室で抱き合っていたらいつかは見つかってしまうわけで、偶然にも沖が目撃してしまったことは不幸中の幸いともいえるのだろうか。 「でもやっぱりってことはさ、西広が泉のことを好きだってことも気づいてたの?」 「そこまではないけど、でも昨日の見てさ、そんな感じがしただけだよ」 「ふーん……」 絡めた自分の左手を少しだけ下にずらすと、阿部の右の手のひらをくるくると擽る。 一瞬だけびくついた右手はすぐに左手を捉えると、またゆっくりと指と指が絡まっていく。ただ隣りに座って手を合わせることが心地良いのだ。 「お前から見てさ、泉はどうなの?」 「は?」 「だって西広の気持ちは分かったんだろ? それなら泉はどうだったの?」 西広が泉を好きだということは、もう本人から直接ではないが確認を取ってあるので明確なわけのだが、それならば肝心の相手はどうなのだろうか。沖はそれが気になった。 不意に向けられた質問に阿部は少し考え込むと、分からない、とだけ答える。 「……はあ?」 「分かんねえもんは分かんねえ!」 「そ、そんな堂々と言われても……!」 「西広は分かりやすかったんだよ、顔に出てたもん。泉は……」 確かに昨日の泉は怖いくらいに目が据わっていて、表情を一つも変えなかった。 これ以上深いところに入り込むのを拒んでいるような、強い拒絶の意思が伝わってきて、阿部との言い合いで二人の関係を吐露した以外は何も聞くことが出来なかった。 あれから二人を置いて岐路に着いたわけだが、今日の西広の様子を見ていたら、ますます泉の本心というものが分からなくなってくる。 どういう経緯であのような関係になったのかは分からないが、基本的に真っ直ぐな泉が、ただ欲を満たすためだけに続けているとは思えない。 「ねえ、泉にそれとなく聞いてみてよ」 「んでそんなめんどくせーこと」 「だってなんかこれじゃ西広が……」 不憫だ。 好きという言葉が言えなくて泣くくらいだ。想いは強いに違いない。 それにおそらく、あの二人はあれから何も言葉のやり取りをしていないのだろうと思う。 なんとなくだが、お互いに避けているような空気が感じられる。 「オレは他人のことに首を突っ込む趣味はねえ」 「元はといえばオレが見ちゃったのが原因だろ!?」 「そもそも、あんな場所でヤッてるあいつらが悪い」 人をトイレに呼び出して泉にバレたのはどこの誰ですか? そう返したいのをぐっと堪える。 「お願い、オレからの一生のお願い!」 「あのなあ、お前だって昨日のあいつ見ただろ? 下手に外でかき回さないほうが良いんだって」 「だけど……」 「こういうのは、なるようにしかなんねえんだから」 阿部の言う事にも一理ある。 結局は当人同士の問題であって、自分たちが首を突っ込むことではないのだ。 だけどこの場合、どこまでがお節介の範囲なのか、沖は未だに決めかねていた。 「それより」 「え?」 納得しがたい思いを表情に出していた沖は、隣りにある熱が近づいたことに気づいて顔を上げた。 そのまま肩を引き寄せられて、唇を奪われる。 始めはそっと触れるだけだったものが、二度三度触れるうちにお互いの吐く息を食べるかのように強くなっていく。 「ん……」 「は……あ……」 一度触れ合うと、もっともっとと思ってしまう。 これではいけない。沖は阿部の背中に腕を回して、セーターをギュッと掴んだ。 それを合図と見たのか、阿部は唇を離すと、沖のシャツのボタンに手をかける。 「はいここまで!」 「……は?」 第一ボタンを外したところで、沖は空いたもう片方の手でぴしゃりとその手を撥ね退けた。 阿部は予想だにしない展開に撥ね退けられた手をそのままに、ただ目を丸くして固まっている。 「なんで?」 「阿部が泉に色々聞いてくれるまで、キスまでとします」 「はあ!?」 「い、今決めた」 「意味わかんねえよ!」 一か八かの賭けだ。こういうことを条件に出すなんて自分も相当ずるいとは思ったが、一番効き目がありそうでちょっと切なくもある。 案の定、阿部はこめかみに皺を寄せてひくひくさせている。 「だ、だって、オレは西広の親友なんだもんね」 「てめえ、無理矢理犯すぞ」 「親友を泣かしたままには出来ないよ」 もちろん、阿部が自分を無理矢理襲うなど出来ないことは知っている。 攻撃的な割には以外に紳士的で、相手に危害を加えるような行為はしない。それを知っているからこその条件提示だった。 他人の揉め事に深く関わりたくない気持ちも分かるが、今は西広のことも大事だ。 「……とりあえず話をするだけでも良い、何でも良いよ。オレには無理なことなんだ」 「……」 泉の前で西広を呼んで連れ出し時点で、沖は西広側に付いたようなものだ。 だからこそ、自分が行くわけにはいかない。 阿部は暫く沖を見つめて黙っていたが、やがて諦めたようにため息をひとつ吐くと頭をがりがりと掻き毟った。 「……分かったよ」 「ほんと!?」 「あんまり聞けねえかもしんねえけど、それでも良いんだろ?」 「うん、うん、ありがとう!」 感謝の言葉と共に、勢い良く抱きつく。 だが、すぐに引き離されてじっと見つめられる。 「え、な、なに?」 「……キスまでなら良いんだよな?」 阿部の言葉は至極大真面目だった。 確かに「キスまで」と条件付けたのは自分なわけで、その言葉を取って返せばキスまでならいくらしても良いということになる。 条件提示の甘さに今更気づいて悔いてももう遅い。 返事をする猶予もなく、沖の唇は再び奪われた。 場所は懲りずに視聴覚室とか準備室とか学校のどこか……と、思ってたけどどっちかの家で。 阿部のたまに見せる紳士的な優しさは、沖が好きなところの一つだったら良いと思います。 2010.2 |