一方通行



「痛いよ、嫌だよ、やめてよ」
 ずっとこの3つの単語を繰り返しているのに、すぐ目の前の阿部は聞こえない振りをしている。
 耳元で何度も何度も繰り返しているのに、ずるくて意地悪で悲しくなる。
「お前なんか嫌いだ、だいっきらいだ」
 普段ならこんなことを言おうものなら、すぐ手が飛んできて胸倉を掴まれるのに、今はそれすらも聞こえない振りをして楽しんでいるみたいだ。
 阿部って実は潜在的にマゾなんじゃないかとも思う。
 相手を卑下する言葉を並べても笑っているなんて、どうかしている。
「そんなに嫌なら逃げれば良いのに」
「うあっ」
 むき出しにされたわき腹を指先ですっと撫でられて、思わず体が震える。
 なに言ってんだこいつ、馬鹿じゃないの?
「じゃあ、これ外してよ」
「嫌だね」
 沖は今、両手首を頭の上で縛られてベッドの柵に繋がれていた。
 どういう風に縛っているのか、振りほどこうとしてもそう簡単には外れないようになっていて、沖が嫌々と逃げ出そうとするのを、彼は心底楽しそうに眺めている。
 正確には、眺めているのだろう。
 何故なら、こういうことをするときは決まっていつも目隠しをさせられているからだ。
 相手の顔が見えなくて恐怖も増す分、気持ちが大きくなるのか、沖は普段ではとても面と向かって言えないような暴言を吐いていた。
「人間じゃないよ、最低。三橋にいらないって捨てられれば良いのに」
「なに言ってんの? あいつがオレを捨てられるはずもねえしな」
 そう言って楽しそうに笑うと、沖の首筋を舐めた。
 二人は恋愛関係にあるわけではなく、また、沖から求めたわけでもなくただ阿部の一方的なものだった。
 すべては、練習が早めに切り上がった日に用事があるからと阿部の部屋に連れて行かれたときから始まった。
 初めて阿部に犯された時は、何が起きたのか良く分からず理解する余裕もないままにすべてが終わった。
 抵抗はしたけれど、両手をきつく押さえつけられて、赤く手形が付いてしまった。なんとか長袖を着たりリストバンドをしたりして隠したけれど、痕はなかなか消えなくて見る度に辛くなった。
 自分も男であるからそれなりに力は強いので、何回目からの行為からは、阿部は押さえつけるのが面倒臭くなったのか紐などで縛るようになった。
 一度関係を持ってしまってから、拒否をしたら回りにバラすぞと脅されているので、嫌々ながらも続いているのだった。
 だが、周りにばらしたところで、阿部だって自分の立場が悪くなるわけだから、言える筈もないということに気づくのはずっと後のこと。
「なんで、なんで……」
 視界を遮られているからこそ研ぎ澄まされている感覚が、阿部の息遣いとか舌の生暖かさとか、手の指先の熱さとかを敏感に拾ってしまって、沖は何度も問いかけた。
 けれど、それに対する答えは当然返ってくるわけもない。
「オレは身代わりのくせに……、ああっ」
 そう呟くと阿部の動きが止まって、次の瞬間肌に鈍い痛みが走った。
 何度か身体を重ねて抵抗して暴言を吐くうちに分かったことがある。
 彼にはちゃんと好きな人がいるのだ。そしてきっとその相手も彼のことが好きで。
 だけど、その彼女のことが大切すぎて手を出せない阿部は、こうして沖を身代わりにして犯し続けているのだ。
 目隠しをするのは、顔を隠して自分に彼女を投影するためでもある。
 だから、その彼女に触れるような話題は、今は地雷だった。
「泣きたきゃ泣けば? そんでやめて下さいって懇願しろよ」
「やめてくんないくせに……」
「ああ、やめねえよ?」
「だからお前なんて嫌いなんだよ! 変態!」
「そうだな、オレって変態かもな。だけど、その変態にこうやって足開いてるお前だって、そうとう変態なんじゃね?」
 頭に一気に血が上るのが分かった。
 恥ずかしくて開かれた足を閉じようとするが、もう身体は言うことを聞かない。
 本当は、もう引き返せないところにいることに、気づきたくないだけだ。
「なんでだよ……」
「さあな、これがオレらの運命なんじゃね?」
 そんな運命なんて嫌だ。それに軽々しく言われたくもない。
 もし沖の指に赤い糸があるとするならば、それはきっと阿部とは繋がっていない。だって、阿部のものはあの子と繋がっているのだ。
 それは揺らぎようもない事実で、沖にはどうすることも出来ないことだった。
 身体を繋げるうちに彼を愛してしまったなんて、一体誰に言えるのだろう。



変態&病んでます、二人とも。
報われない恋愛も好きです。もう、勢いで書いた……すみませんでした。


2010.1


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