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二人の間の空気 「んっ、……はあっ」 「痛かったら言って」 「ん、へいき……あっ」 真っ暗な部室の中、重なり合う影がゆっくりと動いている。 秋も終わりのこの時期は、やはり空気が冷えてきていて触れる畳が冷たい。 それでも、後ろに密着している肌はお互い熱くて、西広のそれを掴んだ泉の手はもっと熱かった。 「わっ、イキそう」 「付けてんでしょ?」 「そうだけど……」 「じゃ……あ、良いよ……そのまま」 いつもこの時になると、泉は申し訳なさそうに聞いてくる。どうせゴムを付けているのだから、そのまま出そうが構わないし、何より自分は彼の手の中に出してしまうのだ。 お互い様だと思う。 ただ、毎回そう聞いてくるのは、初めて身体を重ねた日に直接出してしまって西広がお腹を下した、ということが起きてしまったので心配なのだろう。 腰を掴む手に力が入って、それと同時に西広も自分の体の力が抜けていくのが分かった。 「ごめんな」 「別に謝ることなんてないのに」 泉の手の汚れを優しくティッシュで拭きながら、西広はくすっと笑った。 あれから二人は練習後の部室で、人知れずこっそりとこういう行為を繰り返している。 始めは慣れなくて、痛くて辛くてお互い自己嫌悪に陥ったものだが、慣れとは恐いもので今ではもっと欲しくて欲しくて堪らなくなる。そして、どうしたら服を汚さず出来るか、楽な体制はどれかなどどんどん余計な予備知識や工夫が増えていった。 毎回彼が受け入れる側なのは、別に決めたわけでもなく、ただ単に泉より性欲が少し薄いからだけだ。文句もない。 「次いつする?」 「うん? 来週かなあ」 「分かった」 曖昧な約束を交わすと、二人はそっと唇を重ねた。 自転車小屋の入口で、隣を歩いていた沖が慌ててバッグをあさり出したのを見て、阿部は足を止めて振り返る。 その様子は程なく他のメンバーも気づいて、次々と近くに歩み寄ってきた。 「どうしたの?」 「鍵がない」 「自転車の?」 「うん」 全員自宅まで歩いて帰れる距離でも時間でもないため、皆心配そうに眺めている。 すると、いつも冷静な巣山が、あーっと手を挙げる。 「もしかしたら荷物入れるときに落としたんじゃね?」 「ああ、そうかも!」 さすが巣山!と周りに言われ、彼は少し顔を赤くする。 見つかるヒントが出れば後は探しに行くだけだ。沖はバッグを肩にかけ直すと、チームメイトに声をかけた。 「見てくる。みんな先に帰ってて」 「え、でも」 「心配すんなって、オレが一緒に行ってくるから」 「はあ? 阿部があ?」 「こいつビビリだからさ」 口元をニヤッと吊り上げながら笑う阿部はひどく意地悪に見えた。 沖は正直来て欲しくなかったなあと思ったが、それを本人に言えるわけもない。そんな彼の心を知ってか知らずか、阿部はさっさと歩き始める。 「別に、部室には西広も泉もいんだろ。平気だよ」 「だからだよ」 「はあ……?」 あの二人が、二人っきりで部室にいる。それだけで何か嫌な予感がするのだ。もちろんそれはあくまで個人的なことなので誰にも言わない。 外野守備のミーティングと称してあの二人が練習後に部室に残るようになったのは、先月からだったと思う。 いつもなら他人のことに興味はないのだが、気になったのは二人の間の空気が変わったことだった。 自分と沖の間にあるものに近いものを感じるのだ。 「やっぱこの時間は照明消すと真っ暗だね」 「そうだな」 もし、阿部の予想が外れていなければ、沖を一人で部室へ向かわせたら大変なことになる。 ビビリを心配する振りをしてついてきた一番の理由はこれだった。 まずはどうにかして自分が先に部室の中を確認しないと……。 「あ、阿部ここで待ってて見て来るから」 「えっ、あ、ちょっとまっ……」 プール下の階段が見えてきたところで、突然、沖は走り出した。 予想外の行動に静止が間に合うはずもなく、あっという間に暗闇の中に消えていく。 沖にしてみれば、自分の忘れ物のために他人に迷惑をかけられないという思いからの行動だったのだろう。 「ったく」 予想が外れていることを願いながら走る阿部の視界に見えてきたものは、閉じられた部室の入口の脇で口を押さえてしゃがみこむ沖の姿だった。 ドアを横目で見ながら、沖の元へ向かう。 何があったのか、彼は顔を真っ赤にしてふるふると小刻みに震えていた。 「……何を見た?」 「!? 見て、ない」 「嘘つけ、見たんだろ?」 「し、知らない」 たとえ何かを見ていたとしても、彼の性格と今のこの状況ではまず話せないだろう。 鍵も結局見つけられなかったようだし、電話して迎えに来てもらおうか、その前にまずこの場から彼を連れて離れなければ。 そう考えて沖の腕を掴んで立ち上がらせたとき、ドアノブを回す音がして、部室から泉が出てきた。 うっすらと笑みを浮かべているようだが、目は全く笑っていない。 「なんだ、阿部もいたの」 「泉……」 「お前も見たこと全部話しちゃえば良いのに」 いつになく低い声に掴んだ腕がビクつくのが分かる。 「テメェ……」 「別に文句言われることしてねえよ。お前らだって同じことしてんじゃん」 「!?」 「オレが知らないとでも思ったか? まだ誰もいねえとこてやってるだけマシだろ、お前らなんて授業中に学校のトイレでヤッてんだもんな!」 「テメェ!」 「あんだよ!」 「やめてよ!!」 「やめて!」 暗闇に4つの怒号と悲鳴が重なり合って溶けていく。 お互い胸倉を掴んだ二人をそれぞれ沖と西広が慌てて止めに入る。正に一触即発の状態だった。 確かに、授業中トイレに沖を呼び出して抱き合ったことがある。 あの時は誰も来ない場所を選んで気をつけていたつもりだったが、泉に聞かれていたらしい。偶然なのだろうが、迂闊だった。 「もう、やめてよ……二人とも」 「ごめん、オレがいけなかったんだ。鍵なんて落とすから、……落とさなきゃ二人のこと見ることもなかったんだ。こんなことにならなかったんだ、ごめん……」 消え入りそうな声にハッとして、阿部は掴んでいたシャツを話すと、向き直って沖の肩に手をかけた。 沖は何も悪くはない。 あの時、自分の欲望に忠実に動かなければ良かったのだ。そうすればきっと、こんなことにはならなかった。謝らなければならないのは自分の方だ。 「お前ら付き合ってんの?」 驚くほど冷静に質問が口をついて出てきたのは、少し頭が冷えたからなのだろう。 沖の様子と懇願するような西広の表情を見て、泉も少し落ち着いたようで居心地悪そうに頭をかいた。 「んなわけねーじゃん」 「……なに、ヤリ友なわけ?」 「そっ、そういう言い方はちょっと……!」 阿部の事も無げな言い方に西広は顔を赤らめる。 「誘いに乗ったのはお前じゃん」 「や、そうだけどっ」 そもそも、泉はともかく西浦一の常識人の部類に入る西広がこんなことをしていることが、まだ少し信じられない。 「お前らとは……違うんだよ」 頭が冷えたとはいえ、改めて考えてみればこの二人の関係を知ってしまったことや、誰にも秘密にしていた自分たちの関係がバレてしまったことは恥ずべきことであり、本来なら気まずくて逃げ出してしまいたいものである。 けれど、普段通りのような軽いやり取りの後に出てきた泉の一言は、そんなくだらないことを吹き飛ばすくらいには、重く、沖の肩に置いた手に自然と力が入った。 自分たちはお互い好きでこういうことをしているけれど、そこに感情の伴わない行為にどんな意味があるのか、よく分からない。 「お前らのことは、誰にも言わねえよ」 「ったりめーだ。バラされたら困る……それは、そっちも同じだろ」 「別に」 小さく吐き捨てるように呟かれた声を阿部は逃さなかった。 さっきからどこか投げやりで他人事のような泉の態度に、少しだけ違和感を思えずにはいられない。だが、幸いと言っていいのかどうか、動揺が残る西広の耳に届いてはいない様だった。 オブラートに包むことを放棄、したよ! 変態下ネタでも良いかもと思いますが……。たぶん真面目に、まだもう少し続きます。 2010.1 2012.6少し修正 |