秘密を共有する



 狭く薄暗い部屋の中で、二人分のシルエットが黙って向かい合っている。
 暗さに目が慣れてもお互いの表情など読み取れない距離で、何かを発することも動くこともなないままだ。
 ただ、それぞれが手を握り締め、妙な緊張感が間の空気を伝って流れているのが分かる。
 最初に言葉を発したのは西広だった。
「……ほ、本当にやんの?」
 その握り締められた手は少しだけ震えている。
 質問を投げかけられた泉は、ゆっくりと口を開いて静かに喋った。
「そのつもりで、お前だって残ったんだろ?」
「そ、そうだけど……」
「別に、恐いならやめたって良いんだぜ? 誘ったのはオレなんだ」
「……」
 今日の練習中に非常事態に陥った泉と、それを助けた西広は、校舎裏のトイレでチームメイトが抱える秘密について暴露し合った。
 その秘密とは、阿部と沖の関係についてだ。
 うすうす感づいていてそれを誰にも言えなかった西広と、反対に二人の情事を目撃してしまった泉は、ただどうして良いのか分からずにいたのだが、その均衡を破ったのが泉だった。
『あいつらが何してたか、興味ない?』
 それはほんの思春期の興味本位に他ならないのだが、更には彼らの秘密を共有する二人というのも手伝ってか、西広自身もそれを拒否することなく受け入れてしまったのだ。
 思えばあの時、そのような誘い文句を言わずただ落ち着いたらグラウンドへ戻れば良かったのだと、泉は少しだけ後悔していた。
 まさか、その誘いに相手が乗ってくるなんて、思うわけもない。
 今日の守備練習で反省会をやるからと、半ば強引な理由で部室の鍵を預かると、眠そうに帰っていく部員達を二人で見送った。
 グラウンドに戻ってきてから妙にぎこちない二人の空気に、もしかしたら阿部は気付いていたのかもしれない。こちらを何度か振り返りながら遠ざかっていった。
「……帰ろっか」
 お互い向き合うと、暗闇の中表情は見えなくても、ずっと握り締められている手が震えているのだけは良く分かった。
 そんな西広を見て、なんだか無性に悲しくなってしまう。まるで、自分一人が欲望の塊みたいだ。
「待って」
「……え?」
 だが、泉を出口へと向かわせたのが西広なら、それを腕を掴んで止めたのもまた彼だった。
「西広……」
「オレは、その誘いに乗ったんだよ?」
「だってお前、手え震えてんじゃん」
 その言葉に、腕を掴んだ手に力が入るのが分かる。
 ぎりぎり握られて、少しだけ痛い。
「そりゃ、こんなこと初めてだし、緊張するに決まってんだろ」
「そんなの誰だってそうだよ、オレも緊張してるよ」
「じゃあおんなじだ」
 そう言うと、彼はふっと笑って掴んでいた腕を放す。握られていた箇所の熱が逃げ、その代わりじんじんとした痛みだけを残す。
 もう西広の手は震えてはいない。
 それはつまり、彼には逃げる意思がないということだった。
「最初は何から始めればいいの?」
「てめえ、AV見てるくせに分かっててそういうこと聞くんだ?」
「だっ、だって、ああいうのは現実と違うってクラスの女子が言ってた!」
「んなっ!」
 9組の女子でそのような話題を振るものなど、見たことがない。
 最も、田島が堂々とエロ話をしているから話題に出さないのか、それとも話題に出たとしても誰にも気付かれないように話しているのだろう。
 クラスの男子に聞こえるように話す3組の女子も女子だが、それを聞いてそのまま鵜呑みにする西広も西広だ。純粋なのか馬鹿なのか。
「そうだな、……キスとか、かな?」
「……ファーストキスは大事にしたかった」
「悪かったなオレで! つか、なに女みたいなこと言ってんだよ」
「なんだ、泉って妄想激しいくせに結構リアリストなんだな」
「うるっせーな……」
 からかう余裕があるのか、それとも単なる照れ隠しなのか。
 それでも馬鹿にされたのが面白くなくて、泉は西広のシャツの襟を掴むと、そのままの勢いで唇を押し付けた。
 ただの興味本位で始まったはずなのに、初めて交わすキスは思った以上にあっけなくて、胸のドキドキの余韻だけが残る。
「なんだ、キスってこんなもんか」
「うん、こんなもんなんだね」
 何度か軽く触れるだけのキスを交わすと、段々とバランスを崩しつつあった西広の膝ががくんと揺れて、そのまま後ろに尻餅をついてしまう。
 すぐ後ろにあったロッカーに頭をぶつけなかっただけホッとするが、少しだけ離れた唇が寂しくて、泉は彼に覆いかぶさるとそのままキスを続ける。
 その行動は予測していなかったのか、更にバランスを崩し今度こそ押し倒されたような格好になった。
 それでも構わずにキスを続ける泉の背中に、西広はゆっくりと腕を回した。体が密着したことで、お互いの熱を感じることが出来て西広はなんだか嬉しくなる。
「なあ、舌入れてみても良い?」
「うん」
 泉の申し出に素直に頷けたのも、そんな気持ちがあったからなのだろう。
 唇を軽く舐めると、薄く開かれた隙間をぬって舌を入れる。もちろんこんなのは初めてだ。
 思った以上に暖かくて、相手の舌に自分のものを絡ませると、西広の腕に力が入ったような気がした。
「ん……」
 時々隙間から漏れる空気の中に、声が入り混じる。
 それは、お互いに感じ始めた合図だった。
「はあっ……」
 泉がもっと熱を求めて唇を貪れば貪るほど、西広は聞いたこともないような声を漏らし、身体を捩じらせて泉の髪を強くかきあげる。
 もうお互いにキスだけでは満足出来ないのは明白で、一度唇を離すと、赤く上気した彼の表情を眺めながら、シャツのボタンに手をかけた。



というわけで泉西です。
ぬるいな、ぬるいよ! 所詮自分の表現力なんてこんなもの。
でもオブラートに包みすぎるくらいがちょうど良いのかも知れません。


2009.12


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