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◇最終話◇ あの話し合いの日から一年、西広は秘密を抱えた親友と会うことは一度もなかった。 お互いに連絡を取りづらかったというのが正直なところだが、表向きはそれぞれの生活が忙しいからというもので、自分に対してもそう言い聞かせていた節があった。もちろん、後輩の試合を見に行くお知らせは今年も回ってきたので会う機会はあったのだが、就職活動を始めた西広には余裕がなく、結局会えてはいない。 本当に見逃して正解だったのか、それは今でも分からないままだ。けれどその後、二人が別れを選ばなかったことは知っている。 実はあの年の冬に偶然、阿部と会ったのだ。 まさか鉢合わせするとは思っていなくて、こちらも向こうも意図的に目線を逸らしたけど、やはり逃げるわけにもいかず声を掛け合い、近くのファミレスに入ったのだった。 「阿部は沖のどこが好きなの?」 軽くお互いの近況を話した後、少し意地悪な質問をした。あの時は、これ以上踏み込んではいけないと思い何も聞かなかったが、時が経った今なら聞く権利があると思ったのだ。 「……教えねえ」 「なんだよケチ」 「ケチで結構」 そう一蹴されてしまって、教えてはくれなかった。やはり、その先へは踏み込ませてくれない。 なので、質問を変えた。 「今、幸せなの?」 カップを持つ阿部の手が少し震えたので、また駄目かと肩を落とした。 「……お前で良かったと思ってんだ」 「え?」 「秘密を持つって割とめんどくせーんだよ。だから、今は少しホッとしてるっつーか……、こういう言い方もあれだけど、ばれたのがお前で良かったって思ってる」 「いや……」 「西広には悪いけど、感謝してる。ありがとう」 予想外に真剣に答えてくれたので、びっくりしたことを覚えている。ぶっきらぼうで言葉も選ばないあの阿部が、こうして落ち着いて話をしていることも。 もっとも、お互い高校を卒業して月日が経ち、もうすぐ成人の日を迎えるというのに、いつまでも子どものままではいられないことくらい分かっている。それでも、沖の持つ独特の穏やかさが阿部にも少しは移ったのだと、思わずにはいられなかった。阿部の返答は全く質問の答えにはなっていなかったけれど、きっと幸せなのだろうと自然と感じることが出来た。 「オレも一つ聞いていい?」 「どうぞ」 「お前、本当は今でも認めたくないんだろ?」 それは今更な質問で、阿部も分かっていて聞いたことがその表情から読み取れた。なので、否定する必要も隠す必要も全く感じず、軽く息を吐いて相手の目を見た。それが、充分な答えであったのだろう。 「やっぱりな」 そういうと、阿部は苦笑していた。 「へー……、阿部って笑うんだね。なんか意外」 「オレを何だと思ってんの」 「いや、ごめん。……オレは同性愛に偏見は持っていないつもりだったんだ。そういう辛さを持っている人たちは現にいるわけだし、それは今も変わらないんだ。……でも、それが自分の親友ってなると、申し訳ないけど……やっぱり受け入れられない」 「うん、分かるよ。それが普通の反応だよ」 「……ごめん」 「謝るんじゃねえよ。それ聞けてスッキリした。ありがとな、見逃してくれて」 「ううん……」 分かったふりをして、自分は逃げただけだ。二人のことが哀れに思えてしまったことも要因の一つではあったが、一つの逃げ道を作ることで将来、また、それぞれの関係を新たに築いていけるようにしたつもりでいた。そうして誰も傷つかない答えを選んだように見せて、二人を許せない自分と許しを請う二人に免罪符を与えただけに過ぎなかった。 それでもなお、大きな声では話せない関係を認める気にはなれなかったけれど。 きっぱりと目の前で本音をさらけ出しても、阿部は穏やかで怒りもしなかった。やっぱり、沖の持つものが移ったんじゃないかと思いつつ、少し泣きそうになった。 そして、また数年後――。 阿部が結婚したという話を聞いた。 父親の家業を継ぐ為、家に戻ると同時に身を固めたらしかった。 式は挙げたようだったけど、当然ながら野球部代表として呼ばれたのは数人であり、その中に西広は含まれていなかったので、おそらく沖も参列はしていないのだろう。忙しい仕事の合間を縫って二次会へ足を運んではみたけれど、彼は現れなかった。 あれから二人がどのようにして別れ、どう決断を下したのか、西広には分からないし尋ねるつもりもない。 ただ一つ言えることは、幸せの青い鳥は、二人の下から飛んでは行かなかった。 2013.9 |