◇第五話◇


「なあ、男同士ってどう思う?」
「は? なにいきなし」
 大学の学生食堂の一角で、西広はため息をつく。
 自作の弁当箱の包みを開けながら、入学してから出来た友人は面食らったような顔でその手を止めた。今までの会話の内容とはかけ離れた唐突なものだったので、どう返したら良いのか迷ってしまったらしい。返事をすることは諦め、西広の次の言葉を待つことにしたのか止めた手をゆっくりと動かし始める。
 しかし、等の西広は相手の様子など気にするでもなく、ただ遠くを見つめていた。
「男同士でエロいこと、出来るもんなのかなあ」
「……オレは無理だぜ」
 また再び唐突に放たれた理解しがたい質問内容に、友人は思わず両手で自分の身体を守るように抱えると、椅子ごと西広から遠ざかる。
 そこまで来てようやく我に返った西広は、友人の態度を見ると慌てて手を振った。
「そういう意味じゃないってば!」
 必死で誤解だと伝えると、友人は半分は冗談のつもりの行動だったのか肩をすくめて首を傾げて見せ、ゆっくりと椅子を元に戻して座りなおす。
 食堂へ向かって歩きながら、午前中に受けた講義内容の要点を確認しつつも、西広の頭の中は親友の秘密を知ってしまったあの日のことでいっぱいだった。試合観戦中に気分が悪いと途中で出て行った二人は、気がつけば戻っていて、試合後の監督への挨拶もきちんと同行していた。気まずさから微妙に距離を取っていたのはお互い一緒で、事の真相を確かめる機会なんて何一つなかった。無論、自分自身訊こうとも思わなかったし、あの二人だって話したくないだろうとは思ったけれども。
「たまたまテレビでやっててさ……どうなのかなと思って」
 さすがに「これは自分の親友の話です」なんて言えるわけもなく、無難にテレビ番組の話にすることにした。
「んー……そうなあ、アリっちゃアリなんじゃね?」
「なんで?」
 西広の考える常識から言えば、男性同士のそれは想像するだけで拒絶心の湧くものだ。事実、話を始めた時に友人は嫌悪感を露にしていた。けれど中身が女性同士となれば、見て興奮してしまうのだから、偏見といわれたらそれも仕方ないとは思っていた。
 なので、ある意味友人の答えは、西広にとってみれば予想外のものだった。
「なんでって言われても」
 彼は少し困ったように目を逸らすと、言葉を探すように頭を掻いた。
「ヤリ友って意味なら、女と違って妊娠する心配ないしさ。いれる場所気にしなけりゃ、いけるんじゃないの」
 昼食の時間帯で、他の学生もたくさんいる場所でもあるので、友人は口元に手を置き小声で言う。
 それを見て、ぼうっとしていたとはいえ、周囲への配慮を欠いた自分の最初の言動に、西広は今更ながら冷や汗を掻く。そして同様に口元へ手をやると、小声で会話を続けた。
「だけど男同士ってアレだ、ケツ使うんだろ? そんなんでいけるもんなの」
「知らねえの? ケツの穴って性感帯の一つなんだよ。だから普通に男と女でやってる奴もいる。さっき言ったみたいに妊娠する心配もないから」
「へーえ……。でもそれだって、性病のリスクは伴うもんだろ?」
「一応、ゴム使って一定の予防してりゃあ、そこらへんは問題ないだろうし」
「……詳しいね」
 さらさらと答える友人に、西広は思わず感心してしまい、ため息を漏らす。
 それが面白くなかったのか、彼は拳を握ると、力を入れずにとんっと言うようにテーブルを叩いた。
「なんだよその憐れむような目は! 別にこんなん、今の時代、誰でも知ってることだろ」
「そうだけどさ」
 彼の言うように、今は沢山の媒介を使って情報を得ることが出来る。
 なので、誰に教えられることもなく自分自身、男性同士の世界があることは知っていた。たまに周囲との会話にそのような話題が上がっても、嗜好は人それぞれなのだから他人がとやかく言えることではない、といったスタンスを通してきた。全ての人間が幸せに暮らしていくためには、常識に囚われないことも大切だと、そう信じてきたのである。
 しかし、それが友人のこととなると、全くの別物であることに今、気が付いたのだった。
「だけど、オレは無理だな」
 蓋がされたままの弁当箱をようやく開けて、箸を持ちながら友人が先ほどとは真逆のことを言ったので、西広は少し拍子抜けしてしまった。そのまま視線を落として自分の手元を見やると、全く進んでいない昼食と、午後の講義までの少なくなった時間に気がついて、慌てて箸を持った。
「アリとか言っといて? すげー理解あんだなって思ったのに」
「ないない。正直、キモイもん。男相手とかさあ、突っ込むのも突っ込まれんのも嫌だね」
 あまりにも具体的な内容の答えに、箸で掴みかけたご飯を零してしまう。冷静になって考えてみれば、とても食事中にふさわしい内容ではない。
「露骨な言い方だなあ」
「んだよ、話し振ってきたのお前じゃん!」
「そこまで具体的な内容は求めてなかったよ」
「そうだった」
 話がひとつ終わったところで、再び腕時計を眺めると、ふっと軽く息を吐く。
 今まで自分が理解している思っていたことが、“他人事であればこそ”であることを、嫌というほど思い知らされた。いざ、近しい人の現状を目の当たりにしてしまったら、予想外に動揺している自分と、何故どうしてと疑問を解消できない自分がいるのだ。
 それになにより――。
「確かに、オレも無理だわ」
 嫌悪感を覚えずにはいられない自分がいることを、西広は初めて自覚していた。


2013.5
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