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◇第三話◇ 「一年振りに会う奴もいるなあ」 「大体がそうなんじゃないの?」 「ちなみに篠岡は父母会の手伝いで、オレらとは別行動です」 「うっそ聞いてないよー!」 球場入り口前の一角に場所を陣取り、西浦高校野球部OBの面々が顔を揃えている。 OBといっても自分たちの代だけで、下の奴らは来ていない。何を遠慮することがあるのか、一つ前の試合を観戦していたと聞いた。 二年前までの夏とは違って、皆あまり日焼けをしていないことが何だか新鮮に思えた。大学で野球部に入った者は当然焼けていたけれど、高校時代のそれとは比べ物にもならなかった。 「じゃあ、入場券は各自買うとして。モモカンとこに挨拶行きたいひとー」 「あ、わり……オレと栄口で行ってきちまった」 「はあ!?」 これからの行動を取りまとめようとしていた花井は、突然の阿部の告白に目を吊り上げた。 「違うんだよ花井。ここに来る途中でモモカンに会ってさ、黙って通り過ぎれないだろ。だから挨拶してきたんだよ」 栄口が上手くフォローをいれ、花井は残念そうにがっくりと肩を落とす。 「それなら、今から行っても仕方ねえな。試合終わったら全員で行くか」 「おー、そうしろ」 「そうしろじゃなくて、お前は言葉が足んねーんだよ」 「元々だから治らないよ」 「栄口、ひと言よけーだぞ」 そうは言いつつも、元の主将・副主将トリオはメンバーのまとめ役だ。 お世話になった監督や、まだまだ甲子園という目標に向かって戦いの最中にいる後輩たちへの配慮を忘れない。始まりは11人だった野球部も、年々入部希望者が増えて、自分たちが三年生のときには30人近くになった。 その人数をずっと先頭に立って束ねてきたのだ。そこで培われた責任感は、今でも変わらない。 だが、その元副主将の一人である阿部を見ていた西広は、時々、そこから離れて自分の近くで談笑している沖の方へ目線を向けてはため息をついていた。 昨日は―といっても日付はとうに越していたが―あれから無事に気づかれることなく部屋を後にした。泉たちが隠したのか靴が見つからず焦ったが、シューズボックスの中に見つけて急いで玄関を飛び出した。もちろん終電になど間に合うはずもなく、近くに漫画喫茶を見つけてそこに入った。そして、何度も、何度もトイレで吐いたのだった。 おかげさまで西広の体調はすこぶる最悪なのである。 「顔色悪いね、大丈夫?」 「んー、昨日飲み過ぎたみたいで……あんまり寝らんなかった」 「そっか……。戻ったらお前いないしさ、先に帰ったって聞いてあんまり心配はしてなかったんだけど。タオルあるつっても屋根ないし、無理すんなよ?」 「うん、さんきゅ」 顔色の悪さを見かねて沖が話しかけてくれた。 心配してくれているようで申し訳ないと思いつつも、その原因の一端がお前にあるなどとは、口が裂けても言えない。そしてやはり、沖が買い物に出ている間に眠ってしまった自分を、泉たちがクローゼットに押し込んだのであろうことも分かった。当の二人は、別の場所で巣山を加えて話をしていて、今日はまだ言葉を交わしていない。 「……沖は」 「ん?」 いや、なんでもない。そう言いかけた言葉を飲み込んで、力なく手を振る。 意外だったのは、沖も阿部も現地へ別々に来たことだった。あの一件があるので、てっきり一緒に来るものだと思っていたのだが、時間もずらして挨拶程度にしか会話をしていない。 思い返してみれば、二人の関係なんて昔からそんなものだった。特別、仲が良いわけでも悪いわけでもなく、言ってしまえば普通だ。だから、よくよく考えても、いつからあんな体を重ねる行為をする仲になったのか、不思議でたまらなかった。クラスも一緒になったこともなく、接点といえばたまにバッテリーを組んでいたことくらいか。 それでも、阿部は三橋との方がずっと仲が良かったし、沖だって自分が一番の親友なのだとそう思ってきた。 それなのに――。 「おっすー。昨日はごめんな、急に遊びに行って」 「ほんとだよ。今度来るときはせめて、連絡くらいしろよなあ」 話が一段落したのか、泉がこちらへやってきた。こいつの話に乗らなければ、なんてこと、今更恨んでも遅い。 「西広具合でも悪いの」 「昨日、飲み過ぎたんだって。先に帰すとかしないで、一緒に帰ってやれよ。こいつ酒そんなに強くないぞ」 「おっと、酒の話は今はマズイ。お前以外、いちおー未成年だからな」 そこは配慮をするのか、泉が沖の言葉を遮る。 例えOBだとしても、未成年の飲酒が誰かの耳に入ったら後輩たちに迷惑がかかることは必至だ。 「つーかさ、気づかなかったのか?」 「え、何を?」 沖との会話に何か噛み合わなさを感じたらしく、泉が首をかしげながら話し始める。 「えって、あれ、じゃあお前あれから気付かれなかったのかよ!」 「何の話?」 泉の話の矛先が自分に向いたのに気が付いて、西広はそれが何を意味するのか瞬時に悟った。 「悪かったなー、オレも水谷もあれだったからさー」 酔っていたからという意味を含ませて、申し訳なさそうに謝る。 ダメだ、もう何も言うな。 「や、大丈夫だったからオレ、ほんと」 「ねえ何の話?」 会話についてこれず、沖が不思議そうに訊ねる。 「怒んないで欲しいんだけど」 「もういいからそのことは」 それ以上言ってはダメだ、そして沖も、もう何も聞かないで。 「なんだよ、言えよ」 「昨日、沖がコンビニ行ってる間に、こいつクローゼットん中押し込んどいたんだ」 「泉!!」 「……え?」 遮ろうとした言葉は必死すぎて、逆に大声になりみんながしんと静まり返ってしまう。どうしたのかとこちらを注目する中、沖はその顔から表情をなくして固まった。 一方で、西広の大声を泉は怒りと取ってしまったのか、焦るように謝罪を始める。 「いや……なんだよ、ほんと悪かったって思ってっからさ……怒るなよ」 「……え、昨日?」 「あーいや、ほんと、ごめん。お前をびっくりさせてやろうって、そんだけだったんだ。悪ふざけが過ぎたな、ごめんな」 「なに、どうしたの」 揉め事でも起こしたと勘違いをしたのか、運の悪いことに阿部が近づいてきた。 そして、固まる沖を見て異変を感じたらしく、何事かと自分たちも傍に寄った方がいいのか思案してる仲間たちに手を振って注意を逸らせると、その理由を泉と西広に求める。 「昨日、沖んとこ行ったんだけど、まあ……飲みで。そんときに西広が潰れて、沖がいない間にクローゼットに入れといたんだよ」 「……え?」 「沖も気が付かなかったみたいだし、たぶん朝まで寝てたんだろうけど……」 「それって、どういう……」 泉の説明に、今度は阿部も固まった。 それもそのはずで、西広が押し込められていたクローゼットのある部屋には、沖だけではなく阿部だっていたのだから。 はっとしてこちらを向いた阿部の顔を、西広は見ることが出来ずに視線を逸らした。先ほどの、必至になって泉の言葉を遮ろうとした行動と相まって、西広があの時どこにいてどうしていたのか、二人にとっては最悪の答えを示してしまったも同然だった。 2013.4 |