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◇第一話◇ 高校を卒業してから一年と四ヶ月。 今年も甲子園を目指す戦いが始まっており、それは自分たちの母校である西浦高校も例外ではない。 まだ卒業して二回目の夏ということもあって、恒例と言うには少々過ぎるかもしれないが、後輩達の勇姿を見に行こうというお知らせが今年も回ってきた。 無論、全員が集まれるわけではない。しかし、生活環境が格段に変わってしまったかつての仲間達と会えるというのは、とても貴重なことだった。 「おい、つまみがねえよ買ってこい」 「人んち押しかけといてなにそれ」 酒が入って酔っ払った泉が、あごでこの部屋の家主に無理強いする場面を、西広はぼんやりと眺めていた。 この春から一人暮らしを始めた沖の部屋に行こうと、泉からメールが送られてきたのは今朝のことだった。どうせ明日になれば会えるのだし、前日に酒盛りをする意味が分からないと言ったのだが、同様に送られてきてその提案に乗り気らしい水谷からもメールが届き、結局は押しかけに参加するハメになってしまった。 というのも、かつての仲間の中で“沖部屋”の場所を知っているのが“自分だけ”、という理由に他ならない。連絡なしの訪問に、沖は驚いた表情を見せて歓迎するふりをしながらも、どこか不満そうな面持ちを残していた。 「ここらへんのコンビニ、わっかんねんだよ」 「だったら来なきゃいいだろ……」 「そんな冷たいこと言うなよ! オレだって沖に会えなくて寂しかったんだからな!!」 「水谷うっぜ」 「もー、お前絡み上戸かよ。勘弁しろって」 宅飲みなんてこんなものだ。未成年なのになんて、誰も見ていなければ関係ない。 「つーか、マジで11時までには帰ってよ? うち布団とか予備ないし、終電逃しても泊めらんないからね」 腕に纏わり付いてくる水谷にいい加減嫌気が差したのか、沖はショルダーバッグを手繰り寄せると部屋を出て行った。 ドアを開けて出て行くその後姿が、なんだか可哀想に思えて、西広は缶をすすりながら呟く。 「なんか悪かったかな……」 「なんで?」 「だって飲むんなら、明日でも良かったじゃん」 「無理だね、オレ明日バイト入ってんだもん」 「おーれーもー!」 当然のように出るその言葉の響きが、もう高校生の頃とは違うことを明確に物語る。 そしてしばらく会わない時間を置くことで、お互いの距離感がまた計れなくなっていくことにも気がついた。 「一人暮らし始めたっていうからさあ、見てみたかったんだけどきっかけがねーだろ?」 「きっかけって」 「ちょうど良かったんだよ。久しぶりに集まる前に、お前の部屋見たくて来たってゆー言い訳が出来て」 「なんだよそれ」 「高校んときは気軽に行けたんだよなあ……」 西広の手から空になったビールの缶を回収しながら、泉がため息をつく。 その気持ちは自分にもよく分かる。それぞれが違う道を歩み始めた今は、疎遠になりつつある分、前よりもずっと干渉してはいけない部分が増えて距離のとり方が分からなくなった。 沖とは一年生で同じクラスになってから、野球部の中でも一番の親友という自負はあるが、やはり気軽に連絡を取り合うとなると躊躇してしまうことは否めない。 「まあ、生活のメインの部分が根本的に違うんだもん……仕方ないんじゃね?」 「ちなみにオレ、水谷と会うのも今年初」 「え、マジで?」 「そーそー、だってオレも大学とバイトでけっこー忙しいしさあ」 「んだよ、沖がいなくなったからってこっちに絡むなよ!」 「泉って冷たいところは、相変わらずだよね」 「うっせーな、お前なんか誘うんじゃなかったよ」 後ろから覆いかぶさろうとする水谷を足蹴にして、泉は持参したコンビの袋からビールを取り出すと西広の前に差し出す。 それを受け取ってプルタブを開けてから、だいぶ酒が回ってきているらしい水谷が、すでに飲むのをやめていることに気がついた。たぶん、自分なりの加減が分かっているのだろう。普段から飲みなれている証拠でもあり、やはり自分とはまた違った人間関係を築いているということだ。 あれだけ濃密な時間をすごしてきた仲間が、時間を追う毎にそれぞれが知らない境域を広げていくことを、西広はどこか寂しい思いを抱えながら手の中にあるビールを煽った。 2013.4 |